2 正義と偽善は違うものですか商店が並ぶこの通りも夜の8時を過ぎると、店は殆ど閉まっていて、昼間の活気が消えてしまったようだ。人がいないのは都合がいい。人の多い場所はどこも苦手だ。僕は足早に家を目指した。
暗澹とした気分が胃の辺りに居座っている。気分が悪い。頭の中をぐしゃぐしゃにかき回されたような不快感。原因はわかっている。大したことではない。いつものことだ。そう何度も心の中で繰り返す。
「ばっ・・・化け物!!!」
思い出す声の怯え。いつものことだが、気持ちのいい言葉ではなかった。妖飼の術を使っているとは言っても、カトブレパスが妖魔であることに変りは無い。何の事情も知らない人間が見れば、そう言われても仕方がないことかもしれない。だが、言われて嬉しいものでもなかった。
まるで自分までもが、妖魔になったような気さえしてくる。化け物のような気がする。
だが、言った相手を責める気にはならない。お互い様だ。別に守りたくて守っているわけでもない。ただ目の前にいたからに過ぎない。目の前で死なれるのが面倒だし、寝覚めも悪い。たとえ見ず知らずであろうと、誰かが妖魔に殺されるのを見ているのは、気持ちのいいものではない。幼い頃から受けた教育は早々抜けるものじゃないなと想う。
そして死は、もう居なくなった一族を思い出す。それが何より嫌だった。
第一に、妖魔を討つのは、誰の為でもなくただ自分の為だ。時人兄さんを討つ。そのためだけに妖魔を退治しているだけのこと。別に志村家当主とか、正義感がどうというわけでもない。
なのに零れたため息をは重たかった。
コレだから一般人を巻き込むのは嫌なんだ。何も知らないから、やたらと怯えて妖魔を興奮させるし。助けても、こちらが不快な思いをするだけだ。ハクタクが付いてきていたら、一応、記憶を消したりもするけれど。まぁ一般人には異常な世界だから、きっと誰に何を言っても信じてもらえる話ではないから気にはしなくていい。騒いだら命の保障はしないと言っておいたから、あの怯えようを見ると他人に話したりはしないはずだ。言えば今度はカトブレパスに頭から喰われるとでも思っているだろう。思わず笑いがこみ上げてきた。
「いい気味・・・かな。」
僕も性格が悪い。一燈さんのことをどうこう言えないと思う。
カツカツと足音が響く商店街は、人もまばらで、ひっそりとしている。この時間になると、さすがにひんやりとしている。もう直ぐ家だ。早く帰ろう。帰って徳田の作ってくれた料理を食べる。妖魔を討った話をすれば、きっとハクタクが喜ぶだろうなぁ。それでいい。何も知らない人間に理解を求めるなんて無駄だ。そんなことを取り留めなく考えていた。
そのとき、店から女の子の声が聞こえた。”きしだフルーツ”という看板を見上げた。玄武寺の塀もみえるここはお隣だ。普段家にいて外に出ることが少ないし、何より挨拶もしたことがないから、女の子がいることも知らなかった。
聞こえてくる、明るい楽しそうな声だった。家族団欒といったところだろうか。家族と夕食でもとっているのかもしれない。
何かが胸にざわめくのを感じた。嫉妬か、苛立ちかはわからないけれど、何かを感じた。何をと自分の中を探ろうとして手を放した。探すべきではない。本能の警鐘が頭の遠い場所で鳴っていた。
足早に店先から離れた。居たくなかったではなくて、ただ少し恐かった。妖魔と対峙するより。罵声を浴びせられるより。
誰かの温もりが、あの頃は恐かった。
それはまだ、二人が出会う前の話。
時生が戸惑いの先にあるものを知るのは、まだ少し先のこと。
END

PR