「1枚2000円のこのチケット二枚を、お譲りしてもいいんですが・・・・。」
俺がそう持ちかけると、彼は酷く困った顔をして、そして最後には頷いた。
16 共犯、共謀待ち合わせの場所は噴水。俺の姿に気付いた桑原君が手を振っているので、俺はそれに駆け寄った。それに気付いたのだろう。ぼたんが後ろを振り返った。
「く・・・蔵馬。」
「桑原君、雪菜ちゃん、おはようございます。
それと、お久しぶりですね、ぼたん。」
本当に久しぶりだ。春に幻海師範の庭で花見をして以来なので、かれこれ一ヶ月ぶりといったところだろう。これほど長い期間会わなかったのは初めてのことだった。
「ちょっと、桑ちゃん。
あと一人って蔵馬だったのかい!!!」
「あぁ・・・まぁ・・・」
「元々俺が人づてに貰ったものですから。
それを桑原君にお譲りしたんですよ。
それとも、俺では何か不味いんですか?」
不味いのだろう。その理由はわかっているが、それを言うにはぼたんは優しすぎる。案の定言葉を詰らせて、俺を睨む。桑原君が気遣わしげにぼたんを見ていた。
「別に・・・。」
「それなら良かった。」
素直な人だと思う。頬を膨らませて、拗ねたような表情がどうしてかなんて、解らないわけがないのに。正直、今回は随分俺も卑怯なことをした。ぼたんにしてみれば、だまし討ちにでもあったかのような気分だろう。
「では、早速行きましょうか。」
すばやくぼたんの手を握って、水族館の入り口へと進んでいく。ぎゃぎゃと喚くぼたんが俺の手を離そうとするのを有無を言わさず、桑原君と雪菜ちゃんを促していく。雪菜ちゃんが不思議そうに首を傾げたが、俺は何でも無いですよ、とだけ返した。このことを飛影に知られれば、妹を出汁に使ったと怒るかもしれない。
「大きいお魚さんですね。
気持ち良さそうです。」
「ピカピカ光ってるねぇ。」
雪菜ちゃんとぼたんが覗き込む大きな水槽の中では、ピラルクが身体をくねらせながら、悠然と泳いでいく。水族館の中は暗く、水槽の中の灯りが、薄闇の中で二人の楽しそうな表情を少しだけ見せてくれる。ゆっくりとした歩調は、時々止まったり歩き出したりと気紛れだ。俺と桑原君は、それに付かず離れずの距離を保ちながら歩く。流石にこの年の男二人で水族館と見られるのは少し嫌だ。
「桑原君、いいんですか?
ぼたんに雪菜ちゃん盗られちゃってますよ。」
普段、雪菜ちゃんが居るとき、桑原君は彼女の隣を離れようとはしない。せっかちな彼が、雪菜ちゃんのゆっくりとした歩調に、始終合わせている。けして急かすこともせず、雪菜ちゃんを楽しませようと面白おかしい話をしては、笑わせてあげようと努める。
それが珍しく、今日はその場所をぼたんに譲っていた。もちろん俺が一人ぼっちになることを気遣っているわけでもない。今日彼が気遣っているのは、ぼたんだ。
「しょうがねぇだろう。
だまし討ちしちまったようなもんだしなぁ。」
「協力、感謝します。」
俺の言葉に、桑原君は深いため息をつく。でも彼が責任を感じる必要は殆どない。なんせ首謀者は俺なんだから。
話を持ちかけたのは2週間前。桑原君の勉強を見るために会った時に、俺が持ちかけた。花見での告白の一件から、すっかり俺を避けているぼたんに会う為に、この水族館のチケット4人分で取引したのだ。
「ぼたんには後でちゃんとフォローは入れておきますから。」
「いや、それはいいよ。
俺から後で謝るから。」
桑原君にとってぼたんは、仲が良い。それは仲間としてだったが、二人の気質が似ていることが大きく、遠慮がない姿は、まるで同性の友人のようでもあった。それだけに、桑原君としては裏切ったような気持ちが大きいのだろう。
それを思うと、悪いことをしたとは思う。だが、俺としても他の手段がなかった。
告白以来のぼたんの態度というのは目に見えて違った。今までは、用事がないときであろうとなかろうと、2・3週間に1度は俺の部屋へと訪れた。ただ日常の話、仲間たちの近況を報告しあっていた。
でもあの告白から、ぼたんはまったく部屋にくることはなくなった。それが俺が望んだ、俺を一人の異性として意識してのことなのは、わかっていいる。
だからといって「はい、そうですか」などとすんなり納得するほど、俺はお人よしでもなければ馬鹿でもない。なにより、告白の前からこうなるだろうということも予測はしていたことだ。
そのぼたんは、雪菜ちゃんと話ながらも、時折こちらに視線を向けてくる。俺はそれを気づかないふりをして水槽の中を優雅に泳ぐ、魚を見ていた。
「どうせお前のことなんだから、このまんまってわけじゃねぇんだろう。」
横を歩いていた桑原君が、俺を胡散臭そうな視線で俺を見てくる。今日の予定のことを言っているか。それとも。
だがどちらにしても、人のよい彼をもってしても、俺の狡さまで込みで見逃してくれるわけではないらしい。
「桑原君を裏切るような真似はしません。
それはお約束します。」
「まぁ、そりゃそうだろうけどな。」
ため息を吐きながらも、桑原君は即答する。俺が裏切ることなど、微塵にも疑っていない。それが彼のよさであり、やさしさであり、俺が彼を好く理由のひとつだ。
「あと30分ほどで、アシカショーがあるそうですよ!!
雪菜さん、見ませんか?」
移動で疲れただろうと、全員分のジュースを買いに行った桑原君が、こちらに戻ってきて開口一番にそういった。手渡された飲み物を受け取ると、女性二人が嬉しそうな顔をする。女性というのは、得てしてかわいい生き物が好きなものだ。
「アシカですか?
是非見たいですね。」
「せっかくだし、見ていこうか。」
俺が何を言うまでもない。すでに話はまとまっており、行くことが決定していた。俺は、その話に無言で賛成する。もちろんいやだったというわけではなく、むしろ都合がいい。時計を見れば、時間も昼を少し過ぎた。頃合だった。
アシカのショーというのは、3Fの特設ステージにあり、すり鉢状の会場の下には水槽とステージがあった。休日ということもあり、すでに少しずつ席は埋りつつある。大体が恋人や子供連れの家族が多い。前のほうの席は特に子供の姿が目立った。
その中でも桑原君が4人並んで座れる席を探し席を取る。会場の中でも真ん中だが少し左端に寄っている。だが席に座るよりも先に、女性二人が先に手洗いへと向かった。俺は、二人の姿が完全に見えなくなったのを確認する。
「桑原君、ぼたんのジュース貸してください。」
「なんで?」
「いいから。」
席取りようにと持っていたぼたんのジュースをこちらに渡すように言うと、不思議そうな顔をする。さすがにこういうことを察するのは、苦手なようだった。それでも怪訝な顔をしながら、俺は桑原君からジュースを受け取る。俺はそれと自分の荷物を持って会場の外へと歩き出した。
「じゃあ、今日はこれで。」
「へっ?」
「僕とぼたんは戻りませんから。
でもくれぐれも、送り狼にはならないようにしてくださいね。
まぁ、そっちは同じ家なんですけどね」
そう言えば、彼もすべてを察したらしく、少し顔を赤くしてなにやら言葉にならない文句を俺の背中のほうでわめいていた。
雪菜ちゃんに何かあれば、静流さんと飛影に何を言われるかわからない。もっとも俺と違って、彼がそんなことをするわけもないとわかっているが。
「く・・・蔵馬!!」
「どうも。」
へらっと笑って、トイレから出てきたぼたんを出迎えた。よほど驚いたのか、ぼたんは飛び退きそうなほど体をのけぞらせた。なかなか過敏な反応で、俺としては喜べばいいのか、悲しめばいいのか。なかなか判断に困る。
「なんで!!
雪菜ちゃんはっ!!」
中を振り向いたが、その中に彼女はいない。
「雪菜ちゃんは、もうショーの会場のほうに行きましたよ。
ここからは別行動しましょうってことで・・・・。」
四面楚歌。万事休す。まさにそんな様相のぼたんが、振り返る。少しだけ顔を赤らめながらも睨んでくるその目は、計ったな!!といわんばかりだ。まるでいじめているような気持ちになってしまい、申し訳なさも感じたが、俺も手段を選べるほど余裕があるわけじゃない。
「さぁ、行きましょう。
ショーの埋め合わせに付き合いますよ。」
「ちょ・・・ちょっと!!
蔵馬!!」
俺は有無を言わせずぼたんの手をとって、その体を引いた。抵抗するように小さく引かれた体には気づかないふりをする。なぜなら、顔を見れば、戸惑いに強張っているからだ。だからこそ、その戸惑いを越えてもらうために、手を引いて歩く。
きっとぼたんは、まだ何も知らない。そして戸惑いの奥の深い場所にだけに住む心があることを。
そのまま水族館を出ると、そこは海が広がっていた。潮風が吹き付けると、どこか肌寒く感じられる。それでもあの暗く閉塞感のある室内のよりは、安心したらしいぼたんは、自然と柵の方へと寄っていく。俺は何も言わずに手を離した。
「気持ちいい。」
そういえば以前、玄海師範の家に行った帰りに海へよった際も、ぼたんは嬉しそうだった。どうやら海は好きらしい。
ゆっくりと間合いを取って、その姿を眺める。ぼたんは海を見ているが、本当に見ているのかが疑わしい。なぜならその背中は、戸惑いに小さくなり、頭は少しうなだれているようだった。
「ぼたん・・・。」
「桑ちゃんたち!!だいじょうぶかな!!」
話を逸らそうと、俺が言うよりも先に、ぼたんは口を開いた。桑原君たちと分かれてからも、少し中を見て回っていたので、すでに30分ほどが経っている。もうショーも終わったころだろう。
「せっかくですから。
楽しんでるといいんですけどね。」
「そうだね。
まぁ、桑ちゃんの方は、雪菜ちゃんが居れば、どこだって嬉しいんだろうけどさ。」
「そうですね。」
会話は、すぐに途切れた。ぼたんの気質なんだろう。自分の気持ちは、どんなものであれ隠すのが上手くない。
「今日は、すみませんでした。
騙すようなやり方で。」
「えっ・・・・。」
「でも、桑原君を怒らないで上げてください。
雪菜ちゃんのことを思ってのことだと思いますから。」
ぼたんが振り返るより先に、俺がぼたんの隣に立つ。二人で海沿いの柵に手をかけていると、武術会の帰りを思い出す。あの時、俺は自分の中にあった気持ちに気がついた。あの頃のことを思い出すと、少しだけ懐かしい気がした。まだ数年前の話だというのに。
「どういうことだい?」
「桑原君は、高校生ですし補欠入学ですから、バイトに精を出しすぎて、勉学がおろそかになると、お姉さんの目もある。
でも氷河の国の生まれである雪菜さんは、海の中を泳ぐ魚を見るのはおそらく今回が初めてじゃないですか。
見せてあげたかったと想いますよ。
でも俺からのもらい物。
それも俺の恋路に協力と言う形であれば、お姉さんの目も少しはマシでしょう。」
「なるほどね。」
俺の言葉に、ぼたんは納得した様子だった。ぼたんは、他人事の色恋に関しては積極的なところがあり、幽助と蛍子ちゃんのことも好奇心も混ざっているが、何かと世話を焼いている。桑原君の恋路の為だったのだといえば、桑原君を怒ることもないだろうと、俺は考えていた。
桑原君と雪菜ちゃんに関して言えば、俺も上手く行けばいいと思っている。
「でも、そういえば桑ちゃん知らないんだよね。」
「何がですか?」
「その、氷女は・・・・・。」
そこまで言って口を閉ざしてしまったが、俺はぼたんの言わんとすることを察することができた。氷女。ぼたんがそう言ったからだ。雪菜ちゃんの妖怪としての性がどういうものなのか。そして、それが桑原君との間にある壁といえば、思い当たるのは一つだ。
氷女は子供を産まない。100年に一度の分裂期、自分の分身を産む。基本的に、男性を必要とせず、そうすることは、母体を死に追いやる。故に本能的に、人間のような恋愛という感情は、持ち難く性質がある。
それを知ったとき、桑原君が何を思うのかは、まだわからない。でも。
「その心配はいらないと思います。
桑原君は、何も雪菜ちゃんをお嫁さんにしたいわけじゃない。
おそらく桑原君は、ただ守りたいんだと思います。」
俺が思い出していたのは、彼の家の猫だった。桑原君の家には、小さくて可愛い猫が数匹いる。桑原君は、それを大変可愛がっていた。一度幽助にそのことを話したら、昔お気に入りの猫を人質に取られて、ライバルだった学校の不良に手も足も出ずに困ってたことがあったと話していた。それを俺は、とても彼らしい話だと思っていた。
闘いの中でも桑原君は、そういう人だった。自分より弱い者や苦しんでいる者の為に、自分より強いとわかっている者へ向っていく。そのために自分が傷を負うことを、躊躇しない。そうせずにはいられないのだろう。
きっと桑原君の雪菜ちゃんへの思いは、それが強い。出会ったとき彼女は囚われの身であり、長く人間の強欲に苦しめられてきたと聞く。だから守りたいのだろうと思う。桑原君の思いは、そんな神聖な物なのだ。だからこそ、もし雪菜ちゃんを傷付けるものならば、自分自身であっても許さないだろうと思う。潔くも清らかな、桑原君らしい恋愛の形だ。
「桑原君は、雪菜ちゃんを絶対に傷付けない。
それは間違いないからですよ。」
「まぁ、そりゃそうだとは想うけど・・・・。」
どうにも腑に落ちないと言う口調だ。明確な理由を言ってないのだから仕方がないかもしれない。
俺も言い切ったが、自分の想像に自信があるわけではない。それでも、桑原君ならば・・・と言う気持ちの方が強かった。
「そうですね。
俺も、本当はわかっていないかもしれない。
だって俺は、桑原君のように出来ないから。」
視線も向けず、俺は柵にかかっていたぼたんの手を取った。突然のことに驚いたぼたんが逃げようとするが、もう遅い。
「俺は、守るだけで満足なんて出来ません。
傍に居て欲しい。
その心を、自分だけに向けて欲しい。
俺の心は、浅ましい気持ちでいっぱいです。」
ぼたんの目の中に俺が映る。自分の目が時折嫌いになることがある。緑の目は嫉妬深いと言ったのは、この世界でも高名な作家の古い言葉。それは妖怪である自分にも当てはまるのかどうか。
「卑怯なんです。
今日だって、本当は自分でチケットを買ったんです。
そうすれば、桑原君が乗ってくるって解っていて。
俺が貴方を誘ってもきっと断られると想ったから、桑原君を使ったんです。
そして、桑原君を使うために、雪菜ちゃんを利用した。」
懺悔にも似ていた。実際そうだったんだろう。彼女がそれでも俺を責めないのをわかっていての懺悔だ。本当に卑劣極まりない行為だ。
「でも会いたかった。」
それだけは本当だった。卑怯で意地汚く狡猾な俺の中で、それだけは間違いない。ぼたんが好きで会いたくて、傍に居たくて、その為に利用した。告白した時だってそうだ。仲間の前であれば、俺の言っていることが、嘘でないと信じてくれるだろうと想って、仲間を利用した。
そういうことばかり昔から上手い。誠実で優しい桑原君とは、雲泥の差がある。
「貴方が好きだから会いたかった。
傍に居たいと想ったから、卑怯な手段も平気でする。
仲間を出汁にして、貴方の優しさを計算に入れる。」
「そんなことしなくたって・・・・」
「会ってくれますか?
俺に、二人っきりで・・・。」
ぼたんは正直に、言葉をつまらせたのは、その返答だ。
「この間、幽助が号令をかけた飲み会にも来なかった
あれだって、俺を避けていたじゃないですか?」
「そ・・・そんなことは・・・。」
「いつもなら、何とか予定をあわせて、ちょっとでも顔を出そうとしてたじゃないですか。
それに、前まではちょくちょく俺の家にも顔を出してくれてたのに、ちっとも来てくれなくなった。」
それは、もう決定的な差だった。
飲み会のときだって、みんなの視線が痛かった。幽助と桑原君は慰めをくれた。俺が何を考えているかわかっていたんだろう。もちろん、彼女が俺を避けるのは当たり前だ。好きだと言った男の家にそれまでと変わらずに行く女性は居ない。責めるのはお門違いだろう。でも、だからこそ俺が動かなくちゃいけなかった。それがたとえどんな卑怯な手段でもだ。
「貴方が俺を意識してくれるのは嬉しいですけどね。
でも、僕は何も貴方に無理強いすることは、ありません。
ただ俺は隠さなくなった。
それだけなんです。」
言葉を和らげて言うと、ぼたんの顔がかっと紅くなった。
困らせてしまっているのは分かっている。申し訳ないとも思う。でも俺が願うのは、ただ傍に居ることだ。彼女の暖かな空気の傍にいること。そして俺の気持ちを知ってもらうことだ。今はまだ、それで我慢できるだろう。だからぼたんにも、分かってもらいたい。
「ごめん。」
ぼたんがポツリと言った。
「でも、蔵馬急に変わっちまうから。
優しかったり意地悪だったり、嬉しかったり・・・・。
すっごい腹立つときあるし、でも嫌いじゃないし。
あんたがコロコロ変るから、私も怖くなるって言うか。
なんか、居たたまれないっていうか。」
確かに、ぼたんの言わんとすることは分かる。今までもそれとなくぼたんには、言葉の端々にも気持ちは滲ませていた。だがぼたんは、それに気付かなかった。全て”仲間だから”というフィルター越しだ。手を握っても、部屋に来てくれるのも、全部。
今はちがう。今は俺の行動は、全部そのままぼたんの目には”好きだから”というフィルターに変わったことで、ぼたんの目に映る俺は、もうまったくの別物にさえ見ているはずだ。
でもそれは俺が変わったんじゃない。変わったのは、ぼたんの方だ。そして変わってくれたことが嬉しい。
「どれも俺ですよ。」
「でも、全然違うじゃないか。」
ぼたんは、拗ねた口ぶりで、そっぽ向く。自分の戸惑いを口にしたことで、少し開き直ったようだ。
「違いません。
貴方の僕を見る目がかわったから、僕が変わったように見えるだけです。
貴方が見ているのは、全部俺です。
意地悪なのも、優しいのもきっと、ずるいのも全部。
別にどれが嘘だということじゃないです。」
たとえそれが、桑原君のような優しい気持ちではなくても、俺は俺のまま正直でありたい。ぼたんにだけは、俺の本当を知って欲しい。なぜなら、ぼたんが教えてくれたからだ。素直になること。取り繕うことのない自分を、恐れずに見せる勇気を。
「言ったでしょ。
貴方が好きだって。
だから、たとえ卑怯だろうと意地悪だろうと、俺は俺を見てもらいたいんです。
きっと、貴方から見ればいやだなと想うところもあるはずです。
でもそれも俺だから、俺をちゃんと見てもらって、それで好きになってもらいたいんです。」
傲慢な言葉かも知れない。それでも、簡単に諦められないのだから仕方がない。その代わり、今はまだこうして気持ちのまま好きだと言うだけで、我慢できる。
少しだけ沈黙が落ちる。するとぼたんは考えがまとまったのか。途端に俺から手を奪い返すと、一生懸命眉間に皺を寄せ、びしっと俺を指差した。
「そんなにね、すき好きばっかり言ってたら、言葉に重みとか信用がなくなるんだからね!!!」
「おや、信用なくほど、俺に好きと言わせてくれるんですか。
ありがとうございます。」
「・・・だぁああもう、やっぱりムカつくよ!!
もういいよ、蔵馬はやな奴!!!
それで決定しておく!!!」
「じゃあ、とりあえず今はそれで。」
そういいながらもぼたんは、怒って帰ろうとすることも、逃げようとするわけでもなかった。潮風にぼたんの頬を冷ます。
嫌な奴と言っても、俺のそんなところも受け止めて、傍に居てくれていた。それが嬉しくて、俺も満足してしまった。こういう事に関しては、俺も現金だと思う。
「さて、そろそろお昼ご飯でも食べに行きましょうか?
幽助の屋台に行きましょ。
俺、ラーメン好きですから。」
昼も大分過ぎて俺もそろそろお腹が減ってきたし、ぼたんも同じだろう。このまま二人きりよりも、他の仲間がいたほうが、今のぼたんはほっとするはずだ。
「それも、そうだね。」
思ったとおり、ぼたんは二つ返事で、俺の案を呑んだ。幽助は、この間の飲み会でもいろいろと気を揉んでくれたようだし、報告がてら丁度良い。
二人連れ立って歩くと、ぼたんから待ち合わせのときのような緊張は、もうなくなっているようだった。もちろん、以前のように気安く部屋に来てくれるというのは難しいだろうが、一歩前進と思える成果だ。
「あっ、でも、安心してくださいね。」
「うん?何をだい?」
「俺、幽助のラーメンより、貴方の方がもっと好きですから。」
ぼたんは途端に足を止めてしまった。それに気付いていながら、俺はそのまま歩き続ける。すると言葉では敵わないと想ったのか、俺の背中をぽかぽかと叩いてくる。別段痛くもないし、まるで子供の肩たたきぐらいにしか想わない。それどころかこうやってぼたんに構われているのが、嬉しくてしょうがない。
でもコレぐらいさせてくれてもいいと思う。好きだというだけだから許して欲しい。本当は、いつだって俺は貴方に敵わないんだから。
俺があんまりにも笑うから、ぼたんはふくれっ面をぷいっと背けて、俺を見ないようにして隣を歩く。なのでまた遠慮なしに手を繋いだ。そうすると俺を見てくれる。怒って、笑って、手を繋いで、そうして二人で歩く。
こんなことの繰り返しを、もう少しだけしていたい。せめてぼたんの中ではっきりとした答えが出るまで。
END

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