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日記兼二次小説スペースです。 あと、時々読んだ本や歌の感想などなど。 初めての方は、カテゴリーの”初めての人へ”をお読みください。
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典型的なB型人間。
会社では何故かA型と言われますが、私生活では完全なB型と言われます。
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関西在住、性格も大阪人より。
TVに突っ込みを入れるのは止めたい今日この頃。
趣味は邦楽を愛する。お気に入り喫茶店開拓
一人が好きな割りに、時折凄く寂しがりやです。
字書き歴7年近く。
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あけましておめでとうございます。
さて、新年一発目の更新は、おおふりからです。
というか、ずっとお題でおおふりやってるんですが……難しいね。
まぁそれは全部書き上げてから更新しようかなと思ってるんで、今回はお題とはちょっと離れた奴です。

一応無自覚アベミハ前提の西浦ーぜのお話。
らーぜのお話って、なんか楽しいんですよね。
あいつらみんないい奴らで大好きだ。
人数多いから、書くのめっちゃ大変なんだけど。
誰が何言ってるかこだわらなきゃ……まぁ書けるかな?

あと著名な作家様、ごめんなさい。
詳しい話は後書きにて。






















君が好きです。そして幸せです。


 手に持った肉まんの熱が、指先に染みていく。もうもうと上る湯気に構わず、三橋はそれに齧り付いた。口の中に入った肉汁はまた熱く、何度か息を吐いて熱を逃がす。ふわりと白い息が、夜空に浮かんで消えた。

「舌、火傷すんぞ」
「だ、だいそうふ、だぉ」

 隣から声をかけてきた阿部に、三橋が答えた。阿部の手には、から揚げの入った袋がある。三橋よりも後にレジを済ませていた阿部だったが、すでに中身は半分ほどになっていた。
 ふと視線が合うと、一つをつまんで食べるか?と尋ねる阿部に、三橋はぱぁっと笑顔を浮かべる。それにつられたのか。阿部も仕方がないという顔をしつつも、三橋の口の中に、一つ唐揚げを落とす。口の中に広がるのは、肉まんとはまた一味違う旨味。すると三橋もお返しとばかりに、肉まんを差し出す。阿部は何も言わずに、それを齧った。

「やっぱ肉まんも美味いな。迷ったんだけど」
「おれ、ピザまんも、好きだ」
「あぁ、中でチーズがトロっとしてて美味いよな」

 阿部の言葉に、三橋は何度も何度も頷いた。その所為で相変わらず三橋の肉まんは減らない。阿部に言われて、慌てて肉まんにかぶりついた三橋は、少しだけ熱さの和らいだ肉まんと、阿部のリラックスした様子に、ますます頬を緩めた。

 毎日の練習の帰り道。定番になっているコンビニの前で、総勢十人の西浦高校野球部が勢揃い。毎日朝早くから夜遅くまで練習に明け暮れている所為で、帰宅の頃には空腹を抱えている。皆、我先にと、食べたいものを購入して、食べ始める。しかし冬に入ると、外の風が身を切るほどに痛い。それなら早々に食べて帰宅をと考えそうな所だが、皆、いくつかに分かれて身を寄せ合いながらも、雑談を交えながらゆっくりと食べている。話している内容は、好きなゲームの話や授業のこと、クラスの行事。次のテストの範囲、そしてクラブでの伝達要項などなど。
 その中で三橋と阿部は、どの輪からも外れて、二人揃ってコンビニの軒下で、二人並んで立っていた。二人きりで居れば、当然食べている間は、会話はない。どことなく静かだが、三橋はそれがいやではなかった。
 入部当初は、中々誰とも打ち解けることが出来なかった。ゴールデンウィークの合宿辺りは、栄口が気遣ってくれていたことも知っている。彼を切欠に、クラスメイトの泉や田島。そして栄口と同じクラスの巣山や気さくな水谷などと序々に打ち解けていった。話せるようになれば、どうしてあんなにも恐がっていたのか。そう思うほど、野球部のメンバーは皆気が良く、親しみやすい人たちばかりだった。
 ただ一人、阿部を除いて。

「そうだ。明日、なんだけど」
「あぁ?」
「阿部君、昼休み、時間空いてる?」
「別に予定はねぇけど、なんで?」
「えっと、もし無理じゃなければ、お昼ご飯食べながらでも、数学教えてもらえないかなって」

 阿部の様子を伺いながら頼む。コンビニの店内の明りが、阿部の表情を照らす。阿部は唐揚げを食べながら少し思案しているようだった。
 以前であれば絶対に言えなかった。野球やクラブのこと以外で、頼みごとをするなど。ブルペンやグラウンドから離れて、こうやって阿部に話しかけることさえ、三橋には出来なかったのだ。それほど三橋にとって阿部は恐い存在だった。
 もちろんチームメイトとして、そしてバッテリーとしてならば、阿部は誰よりも頼りになる存在だった。阿部の気の強さは、他のチームメイトからすれば時折傲慢だとも、威張っているとも言われるが、他人の何倍も気弱な三橋には、それが心地よかった。常に自分を引張って行ってくれる阿部が、マウンドに立っていいといってくれるからこそ、三橋は投げ続けることが出来た。
 だからこそ、阿部が恐かった。阿部に嫌われては、もうマウンドに登れない。今のチームが本当に好きだった三橋は、ひたすら阿部の言葉に柔順でいた。阿部は恐かったが、同時に自分を必要として、大事にしてくれているのだと知っていたからだ。
 でもそれが間違いだと気付いたのが、夏の大会。阿部の負傷退場。5回戦敗退。守られなかった約束。そして何より、自分たちの間違いに気付いた夏だった。高圧的な阿部の態度。そして三橋の妄信。終わってみれば、あれは負けて当然の試合だった。阿部の負傷は確かに大きかったが、何より阿部に対して負担を掛けすぎていた事実に、三橋は初めて気付いた。

「課題?」
「うん、6時限目。だから昼にでも、ご飯食べながら解説してもらいたいなって。今日やったんだけど、いまいちわからないくて」

 三橋のたどたどしい口調は、春の頃と変わらない。止まり止まりになる話に、阿部は何度も怒鳴ったり、苛立ったりしていた。しかし今は、さして気にすることなく、急かすこともない。半年で漸く阿部も三橋のペースに慣れたこともあるが、三橋の自主性や意見をしっかりと聞きたいという意識が芽生えている。
 三橋も阿部を恐がるだけではなく、阿部に歩み寄り始めた。阿部の力になりたい。バッテリーとして対等な関係になりたい。その為にはもっともっと阿部を知り、彼が何を望んでいるのかを知らなくてはいけない。そして頼られるぐらいに、強くなりたい。
 二人の歩調が合い始めれば、二人が親しくなるのに時間は掛からなかった。元々阿部は、三橋に尽くし、その力を最大限に引き出してやりたいと考えていたし、三橋も自分の力を見出してくれた阿部に対して感謝と尊敬の念があった。笑顔が増え、自然と二人が傍にいる。

「う~ん、そうだな。解説だけならいいぜ」
「あ、ありがとう阿部君」

 阿部の了解の言葉に、三橋は嬉しそうに何度もお礼を言う。その仕草が阿部にはまるで小動物のように見えて、微笑ましくなる。三橋がまだ食べ続けているのを見て、阿部は食べ終わっても、その場から動くこうとはしなかった。
 ざわつくチームメイトたちも、以前なら阿部と三橋が二人っきりで居れば心配そうに眺めていたが、今では二人の様子に気を配ることもない。それが少しくすぐったかった。

「ただし、解説だけだからな。解き方までだぞ。出来る所までは、自分でやって来い」
「うん。わかった。俺、頑張る」
「よし」

 阿部が満足そうに頷き、三橋の頭にポンっと手を置く。切りそろえられた爪が、三橋の頭をわしゃわしゃと撫でる。乱暴な手つきなのに、三橋はそれが嬉しい。
 夏を境に阿部は大きくなった。身長も伸びたが腕も随分とがっしりしてきた。心なしか手の節も深くなった。少し前まではもっと丸い頬だったように思う。それが首や顎のラインもずっと引き締まった。何より殆ど真横だった視線が、随分上げなくてはいけない。三橋も成長はしたつもりだが、阿部のそれには追いつかない。気持ちの上では、前よりずっと対等の立場に近づいていると思うが、身体面では引き離されているようで、三橋は少し悔しかった。
 視線が合い、微笑みを交わす。くすぐったい胸の中では、心臓が踊っているかのようだった。トントンっと軽やかな足取りのようなステップで。気恥ずかしくなった三橋は、そのまま前をむき視線を上げた。途端に強い北風が吹き込んで、白いマフラーを揺らす。

「さみぃなぁ」
「うん」

 二人で真っ白い息を吐く。風がおさまったところで、食べ終わった三橋は白い包み紙を放る。手首のスナップだけを利かせて、緩やかな放物線を描いて、それはゴミ箱に綺麗におさまった。

「ナイスボール!」

 阿部の言葉に、三橋が笑う。冬のシーズンオフで、投球練習は久しくしていない。阿部の声が耳にくすぐったい。

「早く、春に、ならないかな?」
「だよなぁ。お前この冬で大分力ついてるだろうし」
「ちょっとは、速い球、投げられるようになってれば、いいな」
「なってるよ、絶対」

 阿部は自信満々に言い切る。こういう部分は、出会った当初から変わりがない。それが少し可笑しくて、嬉しくて、三橋は小さく頷いた。そのまま顔を上げれば、電線の上で、大きな月が出ていた。まるで冬の夜空にぽっかりと穴を開けたかのように、はっきりとした丸い月。

「月が、綺麗だね」
「へっ……?」

 三橋は、先ほどまでと変わらない口調でそう言った。いつもと変わらない。ただ思ったままのことをつぶやいたに過ぎない。だが、隣に居た阿部は、三橋が驚くほどに動揺していた。三橋が阿部を見れば、固まった阿部の表情が、何故か急に真っ赤に染まる。

「えっ? 阿部君、どうしたの?」
「あぁ、ぃや、別に……なんでもねぇよ」
「でも……」
「何でもないって言ってんだろう」

 何か気に障るようなことでも言ったのかと思い、三橋が阿部の袖を掴み顔を覗き込む。だが阿部はそれから逃れるように、顔を背け隠そうとする。しかし真っ赤になっている耳はそのままで、何のことかと首を傾げた。
 三橋は、ただ月が綺麗だからそう言った。それだけのことに、どうしてこれほど阿部が動揺しているのかが、三橋には理解できなかった。

「なに? どうしたの三橋?」

 そう言って声をかけてきたのは栄口だ。栄口もすでに食べ終わっているらしく、輪から離れて三橋の元へと歩み寄ってきた。

「えっと……あの、」
「なんでもねぇ」
「なんでもないって言ってもねぇ。三橋?何があったの?」

 三橋は、阿部に視線で問いかける。しかし阿部は、そっぽを向くだけで答えようとはしてくれなかった。栄口の様子から、理由を言わないと納得しないことは感じられた。何より、三橋も阿部が動揺している理由が知りたかった。

「別に何ってこともないんだよ。ただ、月が綺麗だなって、そう言ったんだ」

 栄口は一瞬ポカンとして、瞬きを繰り返す。そしてチラリと阿部を見上げると、急に噴出して笑い出した。阿部とはまったく違うリアクションの栄口に、三橋はまた驚くしかない。

「あぁはははっつ……!!」
「うっせぇなあ!! しょうがねぇだろう、俺今日聴いたばっかりだったんだから!!」

 腹を抱えて笑う栄口に、阿部が怒鳴る。しかし真っ赤になって怒る阿部に、栄口の笑いは増すばかりのようで、阿部の怒りは治まることはない。二人の様子に、少し離れて話していたほかの部員達も集まりだした。

「どうしたどうした?」
「なに? 栄口何わらってんの?」

 三橋からすると、ドンドン悪い状況になっているような気がしてならない。全員が3人の傍に寄ってくると、漸く栄口の笑いは少し治まったらしく、大きく息を吸って呼吸を整える。

「いゃ、まぁなんていうかさ。三橋もタイミングがいいっていうか、阿部だから余計にっていうか」
「どうしたの?」

 水谷が栄口に問いかけるが、栄口は阿部にチラリと視線で伺う。しかしもうこれほど皆が見ている状態で、誤魔化すも何もないだろう。いらだたしげに阿部は小さく舌打ちをする。そんな阿部の様子に、三橋はやはり自分が、阿部の気に障るようなことを言ったのかと思い、表情を曇らせた。

「大丈夫だよ、三橋。阿部は照れてるだけだから」
「照れてる?」
「そうだよ、三橋からいきなり愛の告白なんてされたらさ。そりゃ阿部もびっくりするって」

 愛の告白。栄口の一言に、今度は三橋が目を丸くする。何のことかが分からず、ただそれがとても恥ずかしいことだということだけは分かり、ゆっくりと頬だけは勝手に熱くなる。

「あ、あぃ~?」

 花井が怪訝そうに呟くと、全員が眉を寄せた。しかし言った栄口は自信満々と言った風情で、笑うばかりだ。
 
「だって三橋。阿部に向かって、”月が綺麗”なんて言うからさ」
「えっ、なんでそれが、あ……あ、ぃの……」

 言い慣れない言葉に、完全に口ごもった三橋だったが、部員の中でも巣山と花井、水谷、そして西広は栄口の言葉で全てが分かったらしく、感嘆の声を零した。

「えっ?何々?どういうこと?」

 事情がまったく理解できないメンバーを代表するように、田島が説明を求める。花井や水谷は阿部に向かって、哀れみの篭もった視線を送る。それが居たたまれないのか、阿部は変わらず三橋からも、皆からも視線を外そうとしていた。

「昔ね、凄く有名な作家が言ったんだよ。I love youは、月が綺麗って訳せって。愛してるなんて言わなくても、それで伝わるって。1組と9組は現国の先生一緒だから、それで知ってるんだ」
「何それ? 全然わかんないんだけど」
「月が綺麗なのが、なんで愛してるなんだよ」

 泉と田島の言葉に、近くに居た沖も大きく頷く。三橋もやはり分からなかった。意訳というものがあるのは分かるが、それにしても違いすぎる。

「俺もこの間先生の解説きいたんだけどね。先生曰くは、日本人的感性という部分もあると思うって。でももっと単純に、月が綺麗って言う場面を想像したら分かるよって言ってた」
「あぁ、俺それ聴いて、なんかめっちゃ恥ずかしかった」

 巣山が照れくさそうに頬を掻きながら言い、水谷がそれにに頷く。それを見て三橋は阿部の方へと視線を向けた。相変わらず気まずそうにしているが、皆が照れくさい空気な為だろうか。阿部は少しだけ俯いていた。
 そして思う。月が綺麗だといいたくなる場面。先ほど自分が何を思っていたか。三橋はゆっくりと自分の心を紐解く。
 正直に言えば、三橋は何も考えていなかった。ただ春になったら投球練習が出来るとか、温かくなればいいとか。球が速くなっているかどうかとか。そんなことばかり考えていた。それだけだった。そして月が出ていて、綺麗だと思い、それを口にした。月なんていつも見ていたのに。
 その時、三橋の中にあった疑問が、すっと氷解した。風が吹き抜けて皆が身を固くする中で、三橋だけは、カッと熱くなった身体でそれを受け止める。
 愛している。そういう言葉になるのかもしれない。月が綺麗で、とても愛しくて、大切で。分かってしまえば、とんでもなく恥ずかしい。

「俺、わかった」
「えっ、何々?三橋わかったの?」

 喜色満面という顔で、田島が覗き込んでくる。今の自分の顔は、先ほどの阿部よりも赤いのではないか。そう思うと、とても顔が上げられなかった。

「三橋、教えてあげなよ」
「でも……間違ってる、かも」
「いいから。三橋から言ってあげないと、阿部が可哀想じゃない?」

 そうなのだろうか。三橋には、いまいち阿部が可哀想という意味は分からなかった。それでも阿部一人に恥ずかしい想いをさせたままで居るのは、申し訳なかった。上手く説明出来る自信はまったくない。それでも三橋はゆっくりと口を開いた。

「えっと、違うかもしれないけど。ご飯と一緒で、誰かと一緒に、食べると凄く、美味しかったりするよね」
「あぁそうだな。一人で食べると味気ないって気がする」
「それと一緒で、月が綺麗だなって、誰かと一緒に見るから、特別に綺麗に見えるっていうか。綺麗って、言える相手が居るのが、嬉しいっていうか。言いたくてたまらない気持ちとか、そういうなのじゃないかなって」

 たどたどしくも一つ一つ言葉を選びながら話す三橋。急かすことなく、全員がそれに聞き入る。それが分かって、三橋は更に言葉を選んだ。伝えたいと思った。月が綺麗だと思ったこと。今まで見てきた月のこと。

「俺も、今まで月、何度も見た。学校に慣れなくて、ギシギシ荘に行った帰りとか、一人で家のプレートに投げてるときとか。三星で試合に負けた日の帰りとか」

 誰もが一瞬息を呑んだ。孤独だった15年間の三橋廉。心を開けるのは、家族と親しい従兄弟だけだった。何時も一人で見上げた月。それがどんなに寂しいものだったかを、全員が思う。知る術はない。それでも三橋が見てきた月を思い描く。
 
「その時も綺麗だなって思ったけど、でも誰にも言えなくて、言う人居なかった。でも、今は違う。皆いる。凄く嬉しいって、思うよ」

 ふひっと息を吐いて、三橋は笑う。言い切れば、胸の内からほかほかと温まっていくのが分かる。照れくさい気持ちもあったが、それよりもやはりこういして綺麗だと。大切だと言える今が、とても愛しくて仕方が無かった。
 一人で月を見ていた。真っ暗な帰り道で、見た月の形は覚えていない。それでも楽しかった、あの狭いアパートには戻れないと知った。白いプレートから跳ね返ったボールを重ねた月もあった。誰も居ない一人きりの庭。本当は白いプレートじゃなくて、さっきみたいにナイスボールと声をかけてくれるキャッチャーが欲しかった。試合に負けた日の帰り道。泣き顔を隠してくれたのは、細い頼りなく光る月だった。今にも夜に埋もれてしまいそうな月は、後悔と自己嫌悪に飲み込まれそうな自分のようだった。
 だからこんなに寒い夜なのに、綺麗で暖かいと思える。そんな月があるなんて。ましてその喜びを誰かと分かち合える日が来るなんて、あの頃は夢にも思わなかった。

「綺麗だよ、月」

 ボソッと。何か詰まったものを落とすように言ったのは、阿部だった。まるで見えない何かに怒っているかのような口ぶりだ。でも真横に居るからこそ、三橋には見える。少しだけその目尻に浮かんでいる物。ぶっきら棒で、気が短くて、すぐに怒鳴ったりするけど。でも本当は誰よりも優しくて、少し涙もろくって、照れ屋で、いつだって三橋を力強く励ましてくれる。

 大好きな人。
 何度も何度も夢見るほど焦がれたキャッチャー。
 
 その人が大きな手で三橋の頭を掻き寄せる。驚いて、小さな悲鳴を上げながらも、阿部の肩に頭を預ける。温かい腕に守られていた。それが幸せで嬉しくて、キリキリと喉を一杯にして、窒息してしまいそうだった。

「そうだな」
「月、綺麗だ」
「めっちゃ綺麗だ!!」

 阿部の言葉に触発されたのか。皆が口々に綺麗だと月を褒める。頭を阿部に抱えられながら、三橋は目を細めた。伝わった。皆が認めてくれた。笑顔のチームメイトたちは、三橋を何より幸せにした。
 皆が思っている。冬の寒空の下。温かい我が家に焦がれながらも、それでもこの十人で過ごすこの時間を大切に思っている。離れがたく思っている。また明日があると分かっていても、2年と言うタイムリミットは、一秒一秒減っていくから。

「あと朝のグラウンドとか」
「篠岡が作ってくれる握り飯」
「ぼろくなったバットのグリップ」
「えっと、ちょっとだけ汚れた部室のマットも」

 口々に美しいと思うものを並べ、それに頷く。皆で分かち合いたい。一人では掴めないから、十人は全員で惜しみ守ろうと思う。綺麗な月を。こんな何気ない夜に、大切な本当に心を通わせた仲間と居られる幸福を。そして少しでも長くチームで居るために、出来ることは一つ。
 田島が大きな声で、それを叫ぶ。

「そんで、真紅の甲子園優勝旗!!」

 自分たちにとって、最も美しい物を全員で手にすることだ。
 全員が顔を見合わせ、期待とやる気で胸を一杯にする。身体が疼く。早く明日になって、またグラウンドで、あの白球を追いかけたい。三橋の身体が、ビリビリっと痺れる。

「よぉおし、甲子園優勝するぞ!! 西浦ーぜ!!」
「ぉおお!!」

 民家も近いコンビニの前。十人が、小さな円陣を組んで花井の声だしに拳を突き上げた。全員で見上げる月は、冬の夜空で綺麗に光る。きっと忘れない。三橋は思う。

 例えどれだけ年月が過ぎても、どれだけ変わっても。
 この日の月を、忘れない。

 大好きで、幸せな月夜。



END

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あとがき
 初アップのおおふり小説。一応無自覚アベミハ前提なのでいちゃいちゃはしてますが、基本は西浦ーぜの話です。そのつもりです。いちゃいちゃしてるけどね。だってアベミハ好きだもん。

 話に出てた有名な作者っていうのは、もちろん夏.目漱.石先生です。英語の先生をしていたときだったかの逸話ですね。この逸話も有名なので、知っている方も多いとは思います。
 ちなみに意訳の真意に関しては、私の解釈です。やっぱり好きな人とか、大事な人と過ごす時間って特別だよなぁって。そういう時間って、やっぱりキラキラした綺麗なものなんじゃないかなって。だから綺麗だなっていう一言で、伝わるというか。綺麗と言うものを共有することの大切さとか。綺麗だって感じるものを、知ってほしいのは好きだからこそとか。そんで、共有することで、もっと相手を大事に思えるという。
 そういうのって、ただ恋愛というだけじゃなくて、仲間とか友人とかにも通じるものがあると思うんですよね。西浦ーぜには、そういう気持ちが似合う気がします。もちろんチーム内での競争もあるけど、やっぱり仲間を大切に思っているこのチームがいいなぁって思います。
yuiさん / 2011/01/02(Sun) /
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