20 シーツにくるまる「とりあえず今日はココに一泊して、明朝から動く。」
「はい。」
幻海師範の言葉に、ココに居る一同が身を正した。これからまた、新しい闘いが始まるのだと自覚が湧いてくる。
「では、皆明日に備えて寝てくれ。」
「幻海さんとぼたんさんで、2階にあったソファを使ってください。
俺たちは、適当にその辺で雑魚寝しますから。」
海藤の言葉に、こういう気遣いが出来る奴なんだと初めて俺は知った。クラスでも海藤とは、それ程話すことはない。海藤自体が寡黙で、クラスメイトとの付き合いをそれ程広くしているという風にも見えない。俺と同じで数人仲の良い奴がいる程度だろう。俺たちはクラスメイトとして当たり障りのない会話をしたことはあったけれど、裏を返せばそれだけの関係だったとも言える。それがまさか家族にも見せたことのない隠し事を知られることになるとは想っても見なかった。違和感は拭えない。しかしそれは相手も同じなのかもしれない。
「そうかい。
では、使わせてもらおうか。
ぼたん、行くよ。」
「師範、ぼたん。
何か飲みたいものとかありますか。
俺と誰かで、少しコンビニにでも行ってきます。
この時間ですが、俺たち結局晩御飯も食べずに来てしまいましたから。」
2階に行こうとしたぼたんと師範を慌てて俺は引きとめた。
さすが既に夜の1時を回っている。食事をする時間ではないが、桑原君や幽助もお腹をすかせているだろうし、俺も何かお腹に入れておきたいというのはある。それならついでに、朝に何か抓めるものでもついでに買っておきたい。
「それなら私も行こうかい?」
「いえ、貴方は今日疲れているでしょうし。」
いつ敵と遭遇するかわからない。何より、女性をこんな夜中に歩かせるような趣味は、俺には無い。ましてぼたんとなれば、絶対だ。
「ちょい待った。
それなら俺が行ってくるわ。
腹も減ったし。」
「それがいい。
今日は幽助は突っ立ってただけだしな。
桑原でも連れて行っておいで。
蔵馬、お前さんは明日のこともあるんだ。
休んでおくべきだ。」
「あぁ、どうせ俺は今日突っ立ってただけだよ!!!
くっそぉお!!!」
幽助からの申し出で、師範からの言葉であれば、俺もそれ以上に言うべきこともなかった。おそらく今日のことは、幽助もそれなりに気にしているのだろう。今霊力のない桑原君も多少となりと無力感があるかもしれない。こんなことで、二人の気持ちが晴れるならいいだろう。それぞれ、食べたいものや飲み物を幽助と桑原君に伝えると、幽助は直ぐに桑原君を連れて出て行った。二人が出て行くと直ぐに、幻海師範がこちらへ向き直った。
「蔵馬ちょっと来てくれるか。
他の奴らは、今日は休む準備をしてくれ。
2階に毛布があったはずだ。」
「はい。」
木戸が返事をして、ぼたんを連れ立って2階へ上がっていく。おそらくこういう家なら、非常用の最短ルートの階段があるんだろう。その後姿を見送って、俺は幻海師範の元へ寄る。
「朝に目が覚めてからにしようと想っていたんだが、丁度いい。
明日のことなんだが、二手に分かれる組み合わせを決めておきたい。
明日は実際に敵と遭遇よりも町の様子見、敵の調査が目的だ。
私とお前さんが全員の動きを把握したほうがいいだろう。
幽助と桑原辺りは、敵を見れば頭に血が上って何をするかわからんからな。」
相変わらずこの人は慧眼だと想う。今回は、魔界の境界トンネルと言う大きな事件で、下手をすると長期戦になる。先のことを見据えて行動しなくては、後々に命取りだ。全員の性格と能力。行動を予測して、全体を観察し指揮する。相手の情報を掴み、その上で地の利や敵の奇襲さえ計算に入れる。そしてそういう闘いを心得ているのは、この中で戦闘経験の長い、俺と師範だけだろう。師範はそのことに気付いたのだ。
確かに俺は妖狐であったときも、盗賊の頭として指揮をとっていたが、幻海師範はそのことは知らないはずだ。暗黒武術会は、個人戦しかしていない。だから気付いたのは、この屋敷での闘いで、俺が人を動かす闘いを経験していることに気付いたのだ。今までの命をやり取りしてきた経験が、冷静な目を育んだのだろう。
俺は頷いて、直ぐにどう分けるべきかを考え出した。
「一つが、穴の中心の様子。
もう一つは、敵情報を探る。」
「では、師範が幽助を、俺が桑原君を連れて行きましょうか。」
幽助も師匠である幻海師範の言葉であれば聞くだろうし、戦力的に言っても俺と幽助は分かれたほうがいいはずだ。その案に師範は直ぐに頷いてくれた。
「そうだな。
それなら私達のほうで、敵の情報を探ろう。
お前さんで穴の様子を見てきてくれないか。
妖気に関しては、お前さんの方が鼻が利くだろうし、魔界の知識もある。
何か気付くこともあるやもしれん。」
「それなら、俺はぼたんを連れて行きます。
コエンマへの報告もあるでしょうし、通信機もある。」
それはけして自分の感情を優先してではなかったが。願ったり叶ったりと言ったところかもしれない。
「では木戸は、お前さんが連れて行くか。
戦闘になったときの戦力が要るだろう。
アイツなら、足止めぐらいなら可能だ。」
「いえ、木戸と柳沢は師範が連れて行っていただいたほうがいでしょう。
柳沢の能力があれば、情報提供者の真偽を探り出すことが可能です。
敵の情報収集と言う意味では、彼が一番適任だ。
木戸の能力と組み合わせれば、相手に気付かれずに拘束して情報を取れる。
相手の能力がわかっていない以上、不意打ちが基本でしょうから。」
「確かにそうだが・・・・。
では海藤か。
お前さんの負担が大きくならんか?」
確かに、師範の言葉はその通りだった。海藤の能力自体は、戦闘ではそれ程大きな力にはならない。戦いで使うのならば、こちらに相手を引き寄せたとき、待ち伏せトラップとしての力を発揮することになるだろう。何より戦闘には、経験がものを言う。敵と対峙したときに相手を傷付ける覚悟。そしてもし相手が妖怪でなく人であれば、手加減や、どの程度の力が死線なのかを見極めることが必要になる。それは闘いの経験でしか育まれないものだ。
「明日は調査ですから。
市街地では大っぴらな戦闘は、どちらにしろやりにくい。
できる限り戦闘は避けて、相手をまきます。
もし戦闘になっても、霊界人のぼたんなら防御結界を作れます。
いざと言うとき、海藤なら他の二人と違って、テリトリー内で相手も戦闘不能になる。」
「なるほどな。
それなら海藤が適任か。」
つまり、海藤の本来の禁句としての能力ではなく、テリトリーの付随能力を使う。そこにぼたんの防御結界を組み合わせて使えば、多少の攻撃から身を守ることが出来る。
それに海藤の冷静さが心強い。もし戦闘になれば、俺が3人から離れおとりか足止めになり、3人を逃がすことになるだろう。そのときに残り2人を冷静に且つ安全に誘導できる人間がいて欲しい。ぼたんは実際の戦闘能力は低いし、桑原君は戦闘には慣れているが冷静な判断と言う点では少々心伴い。そこに海藤がいれば、判断力が上がる。3人が協力すれば逃げ切れる可能性が上がるはずだ。
「はい。
本当は桑原君が霊力を回復させてくれると嬉しいんですが。」
迷宮やトラップに対処するときに、彼の能力があればかなり心強いのだ。俺たちでさえ感知できない危険に対する感度は、おそらく桑原君に敵うメンバーはいない。
「確かに、桑原の霊的感度の高さは、幽助を凌ぐものがある。
鋭さで言えば静流が上だが、戦力としても使えるのは桑原が今回欠くのは痛いな。
だが・・・・。」
「えぇ、それも数日でしょう。
桑原君もまた目覚めようとしている。」
「気付いていたか。」
小さく頷いた。おそらく今霊力が使えないのは、一時的なものに過ぎない。あの暗黒武術会での闘いを経て、彼もまた、幽助のように新しい力に目覚めようとしている。それはきっともう直ぐだ。
師範はそれに気付いていたのだろう。もし気付いていなければ、今回の一件からは外していてもおかしくはないのだから。
「本当に、お前さんが味方だと心強いな。
幽助と桑原は突っ走りぎみだし、飛影は他人を動かすことには不適格。
ぼたんや他のメンバーでは、幽助たちを抑えられん。
お前さんならとは思っていたが、もし無理だったら、私は霊界からコエンマでも引っ張り出してきているよ。」
師範の言葉は半分本気だろう。それ程大きな事件なのだ。おそらく相手は単独犯ではなく大きな組織が絡んでいる。こちらもチームで臨む以上、全体を見渡し舵取りをする人間は必要不可欠なのだ。俺たち以外で他に俺たちチームを指揮できるのは、普段から霊界の統治者として指揮を執っているコエンマ以外には居ないだろう。俺も師範がいなければ、そうしていたはずだ。
「その分、俺に無いものを、みんなが持っている。
俺は、俺のできることをするだけです。
良いチームですよ。
俺たちは。」
そう、皆がそれぞれの長所がある。皆が同じ長所を持っている必要は無いのだ。もちろんそんなことは、師範に言うまでもないことだろうが。
「そうか・・・。
そうだなぁ。」
話している間に、屋敷の上に行っていたメンバーが戻ってきた。全員で明日のチームを確認し、とりあえず全員その案で合意した。その上で明日の待ち合わせと、両チームの集合場所と時間。その間の緊急連絡手段。捜索する範囲などを決めていく。地元に詳しい3人の意見を取り入れながら、俺と幻海師範が判断し見極めていく。
そうしている間に、買出しに行っていた、桑原君と幽助が戻ってきた。買ってきたものを食べながらも、明日の打ち合わせ結果と注意事項を幽助たちにも伝える。その頃には、さすがに一日の気疲れも出たのだろう。ぼたんの目がトロリとまどろみ始めた。だが俺が声をかけるより先に、肩にかかった軽い重みを、咄嗟に支える方が早かった。
「ぼたん、大丈夫ですか?」
「あぁごめんよ。
夜勤だったから・・・。」
おそらくおとついの夕方から寝てないのだろう。霊界人であるぼたんは、仕事のシフトが普通の人間と違うのだから、もっと気遣うべきだった。だが、俺が言うよりも先にぼたんの身体から力が抜け、完全に意識を失った。
「もう2時前か。
休ませておやり。
長く身体を使って、疲れたんだろう。
私達とコイツでは、少し違うからね。」
「はい。」
霊界人は、普段霊体で行動する。だが、ぼたんは肉体を使っているのだ。それがどういう仕組みになっているのかは俺にはわからないけれど、きっと俺たちが動かすより負担が大きいのだろう。おそらく今日は幽助のこともあって、無理をしていた。
俺が抱えると、俺のほうに頭をコトリと向けてくる。その仕草が可愛いと思った。柔らかく身体は軽くて、俺は妙に扱いに戸惑った。
「海藤、ソファのある部屋へ案内してやってくれ。
私はもう少しやることがあるからね。」
「はい。
南野、こっちだ。」
俺は海藤について、部屋を出た。1階から扉を3つ潜り、俺たちが使った階段の広間へ着くと、海藤は一番手前の階段を上がっていく。だが一つ目の折り返しのところで、そこにあった明りに触れると、もう一つの通路が浮かび上がった。
「まったく、この屋敷の持ち主は、命でも狙われていたんじゃないかと思うよ。」
「かも知れないね。」
海藤の疑念に思わず笑ってしまった。確かにこういう家ならば、近道の階段もあるだろうとは思っていたが、まさか階段の中に隠し階段を作るとは、芸術的と言うよりも、用心深いのではと思えてくる。
「それにしても、お前がこの屋敷にいたときには驚いたよ。」
「それはお互い様だろう。
クラスでも物静かなお前が、まさか妖怪でした・・・なんてな。
何の冗談かと思ったぞ。」
「それもそうか。」
尤もな話だった。人間ばかりのクラスで、一人妖怪がいましたなんて、どうして信じられるだろう。こういう世界を長く生きてきた俺とは違うのだから。理解に苦しんだはずだ。しかし自分自身が能力に目覚めてしまえば、現実なのだと認めるしかない。
「まぁ俺が知っているのは、お前が蔵馬と言う名の妖怪だったということ。
その植物を操って武器に出来ると言う能力だったか?
それぐらいか。
一つ聞きたい。」
「なんだ?」
「このこと、他に知っているのは誰がいる。」
警戒だった。おそらくコレが俺の逆鱗に近いことを知っているからこそ、問いだろう。下手な地雷を踏む前に見つけておこうと言うのは、懸命な判断だ。彼の冷静さはどうやら俺の見たとおりらしい。
「今日ココに居るメンバーとさっき帰った飛影。
後で顔を合わせることもあるかも知れないが、幽助の母親と幽助の幼馴染で螢子ちゃんと言う子がいる。
それと桑原君のお姉さんで、静流さんという女性が知っている。
人間で知っているのは、このぐらいだろう。
後は霊界の関係者と妖怪。
学校のクラスメイトやクラブの先輩達も、もちろん家族も誰も知らない。
おそらく、これからも知らせることはないだろう。」
「そうか。
わかった、木戸や柳沢にも伝えておこう。」
「頼む。」
俺から言うべきかと思っていたが、その必要はなかったようだ。話している間に階段を上がりきり、さっきまで幽助が囚われていた部屋に到着した。電気が消されているが、俺は何の迷いもなく海藤の後を付いていく。すると、幻海師範が出てきた扉のほうへと入っていった。そこにはおそらく隣の様子を見ている為のモニターや、無線機がテーブルの上に並べられ、そして紅いソファが二つあった。
「ソファは、あるのはここだけだ。」
「わかった。」
二つあるのうち手前にあったソファに、ぼたんをゆっくりと横たえる。完全に寝入っているのか。静かな寝息を溢すだけで、目覚めそうにもない。思えば彼女の寝顔を見るのは、コレで二度目だ。初めて見たのは、出会って間もない頃。四聖獣との闘いで怪我を負った彼女を看病したときだ。懐かしい。あの頃は、まだこんなにも彼女を好きなるだなんて、知りもしなかった。
頭に手を添えて少しだけ浮かせてクッションをはさみ、髪を解いた。そのときさすがに違和感を感じたのか、ぼたんが薄っすらと目を明けた。
「ぅっ・・ん・・・くらま・・。」
まだ半分夢現といったところだろう。声も小さく目も開ききらないようだ。
「大丈夫です。
眠っていていいんです。」
そう言うと、まるで暗示にでもかかったかのように、ぼたんは目を閉じた。俺は袖口から取り出した種を取り出すと、一瞬で水色に紅い斑点のついた花を咲かせ、その花粉を手に取った。甘い匂いがふわりと立ち込める。蔦のように伸びた花を仕舞うと、紫色の花粉がついた指先を、ぼたんに嗅がせて、直ぐにハンカチでふき取る。
「それは?」
振り返ると、海藤が俺に毛布を差し出していた。俺はそれを受けって、ぼたんの身体にかける。暖かさに安心したのか、もぞもぞと動いて深くもぐる。
「魔界植物の花粉だ。
さっきの花は、その花粉で相手を眠らせて、寄生する。」
「害はないのか?」
「もちろん毒性はないよ。
花粉だけを使えば、相手を数時間だけ深く眠らせることが出来るだけだ。
花粉で眠らせるのは、この花にとって移動手段でしかないからね。」
おそらく6時ごろには夜が明けて、電車も動き出す。そして一度帰って、用意をすれば直ぐに集合だ。寝れるのはそれ程ない。それならば、少しでも深く寝かせてあげたい。
「マメなんだな。」
その口調が少し気になった。危険を察知したときのように、突然何かが六感に触れた。そういう感覚だ。そういえばさっき、何故海藤は自分で毛布をかけなかったのか。俺に手渡したのか。俺が邪魔だったのか、それとも。
「もしあの時、俺が本当に彼女の魂を傷付けていたら・・・南野、お前はどうしていたんだろうな。」
隠しているつもりはなかったけれど、先の対決とコレだけのやり取りで、気付かれるとは思っていなかった。思った以上に彼は頭と勘が働くらしい。頼もしいことだ。
シーツの件を問う必要はなかった。俺の問いは海藤の問いこそが答えであり、彼からの問いに俺は目を眇め、沈黙で返した。もはや答える必要もないだろう。それは海藤も察している。だから何も言わないのだ。それは俺への禁句だから。
決まっている。言葉の通りきっと目の前にいる彼を、何の迷いもなく手にかけたはずだ。大義名分なんて、後でどうにでもしてやる。
彼女の魂に海藤が触れていることが、虫唾が走るほど気分が悪かった。彼が問題なんじゃない。自分以外の誰かだということに吐き気がした。あの時の感情が蘇る。美しい青い炎。彼女の魂が自分以外の者の手にあることに、血が凍るほどに苛立った。幻海師範が仕組んでいるのではと言う憶測がなければ、即刻八つ裂きにしていたかもしれない。
「お前が賢明な判断をしてくれて、良かったよ。」
脅しでもなくそう思った。おかげで俺は、クラスメイトを消さずに済んだのだから。自分でも物騒なことを言っているとは思ったが、真実だ。だが、それに対して海藤は笑って言った。
「俺もそう思う。」
そう言って、海藤は背を向けて扉のほうへ歩いていった。もっと嫌そうな顔をすると思っていたのだが、俺はどうやら、海藤を見くびっていたのかもしれない。教室で見ていた物静かな奴だというイメージが強すぎたんだろう。しかし、俺を妖怪と知りながら、それでも本気で命のやり取りを挑んできたんだ。俺が思ってた以上に度胸もあるらしい。そんなことを俺が考えていると、海藤は、扉の前で一度振り返った。
「クラスでは、さっき見せた緩んだ顔はしないほうが良いぜ。
また女子が大騒ぎするからな。」
それだけを言い残して、俺の返答も待たずに、海藤は部屋を出て行った。扉の閉まる音を聞きながら、俺は静かに笑った。
彼らしい皮肉だなと想いつつも、返す言葉も出なかった。緩んだ顔とは、どちらのことを言っているのか。彼を笑わせた顔か、それともぼたんの前で見せた表情か。それともどちらのことも言っているのか。どちらにせよ酷い言い草だ。
「そう想いませんか?ぼたん。」
彼女の髪に指を絡ませる。こういう穏やかなやり取りはしばらく出来ないだろう。だからもう少しだけ。するりと抜ける感触にそんな愚痴を零しながら、俺は穏やかに眠る彼女を少しだけ眺めていた。
END

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