今年一年どうだっただろうと思うと、とんでもなく慌しい一年と言う印象しか残っていないのですが。
なんか始終原稿~!!と言っていた記憶しか残っていないのです。
つまり充実した一年でしたってことですよね(笑)
主に趣味にきゃっふぉ~い♪って感じですかね?
始終銀新~♪といってきた記憶があるんですが。
あっつ、いや時々、てめぇこの野郎坂田いい加減にせぇや!!と怒り狂ってましたが。(すんません。ごめんなさい。四天王編で溜飲は下げたんですが、時々怒りがぶわぁっとなるんです)
1月~2月 合同誌
3月~6月 オリジ
7月~10月 銀新個人誌
その合間に2本コピー本(一冊は合同)と言う感じですね。
はっきり行って私の創作ペースで言えば、かなり少ない本数ですが、まぁ1本の長さが長さなんで、コレばっかりは仕方がないかなと言う気がします。
とはいえ、もうちょっと効率よくかけないものかとは思うけど。
個人誌の方で計算していたら、大体3時間で6ページから7ページほどのペースで書いてる計算でした。
個人誌の6~7ページとなると、場面によりますけど1場面も行きませんね。
シーンの一区切りいけるかどうかだよなぁ。」
加えてやはり長い話というのは、相応に下準備が必要なんで、オリジと個人誌に関してはそこらへんに時間取られた部分もありますね。
後、私もうちょっと漢字勉強しようなぁって。
変換ミスが多すぎるというか、誤字脱字の王様だよ。
変換ミスはミニパソは多少しょうがないかもしれないけど、それにしても酷すぎる。
おかげで校正のときに時間が掛かってしょうがない。
句読点に関しては、未だに迷い気味です。
だから書きながらブレブレなんだよなぁ。
オフ本読んだ方、読みにくいとか言う意見あったら教えてください。
多いとか、少ないとか。
同業さん、誰か私に教授してくれって思う。
まぁ句読点って、人それぞれっていう感じはするんだけど、それにしたってねぇ。
あと何より、長い話を書くための持久力の無さに、本当びっくりしました。
一つの話にやっぱり2ヶ月はみっちり付き合わないといけなくなるんで、どうやっても中だるみとか、逃げ出したい気持ちとかあるんですよね。
特にオリジはそれが本当に酷かった。
そう言うときに、どうやって気持ちを堪えるかとか。
自分の文章に嫌気がさしたときの対処と言うか。
というか、むしろ嫌気が来ないための文章を考えような、私という課題。
創作に関しては、オリジでいろいろと自分の欠点と言うのが見えて面白かったというのがあります。
ずっと2次ばっかりだった私には、凄く勉強になりましたし、人と創作に関して話すというのは、やっぱり刺激になったなぁと思います。
キャラ作りもそうですし、やっぱり今まであやふやにしていたものがあったんだなぁと反省。
現在もう一本書きたいなぁと思っている子らがいるので、その子らを書きたい気持ちが現在むくむくと。
何より人と話すことで、書くことが前より好きなったって言う気がする。
同じように”書きたい、描きたい”っていう人たちで、私よりモチベーションが皆高いし、私みたいに思いっきり趣味です。っていう人とは全然違うんですよね。
そう言う人たちとオリジの話をするのは、凄く刺激的です。
あっ、いや、いやぁ~んな刺激ではなくて、凄く発見がある的な(当たり前だ)
やっぱり本気でやっている人たちってちがうんだなぁと、実感。
でもなおさらそれを見ると、俄然やる気になるという気持ちもあって。
もっとちゃんと書けるようになりたいなと思いました。
そして、まぁなにより。
人生初のオフ個人誌発行。
やはりコレが私的一番の事件でしょう。
ブログ始めた辺りから、絶対これだけはやらないと思っていたことなんですよね。
最後の防波堤というか。
私としては、同人活動というのは10年以上前に卒業したことで。
書くのは趣味で……という区切りをつけていた部分があったので、実は合同誌さえも凄くハードルがあったりしました。
もちろん本を作る書くというのがいやだったわけではなく、なんというか。
もちろんプロを目指していたわけではありません。
が、私はお世辞にも多趣味という人間ではありませんので、それだけに力を入れている部分はかなり大きいんですよね。
その私が一番創作にきゃっきゃしてたのは、やはり元相方たちと同人作ってた時期じゃないかなぁと。
でもそれをやめて、一人では本を作ろうという気はまったくなく。
楽しんで書くだけなら、場所に対してこだわりはまったく無かったんです。
序に言うなら、やっぱりネットでタダでなら読んでくれる人がいるんじゃないかな?という期待もありましたし。
反応がダイレクトで、書くのに気軽。
それで満足してたし、まったく不満がなくて。
でも、正直に言えば、燻っているものがあったのも事実です。
だからこそ、誘いを断りきれなかったんです。
”この話オフでやった方が合うじゃないか……”とか思った話もちょこちょことありましたし、ネウロの頃なんかはかなりオフに対する願望もありました。
ただ”やっぱり無理だぁ~”という気持ちと、なにより”それだけはやっちゃ駄目だ。もう卒業したでしょ”っていう自制がありました。
それでも今年踏み切ったのは、やはりネウロの頃と違い、「やろう」と声をかけて引張ってくださる方々がいてくださったからこそです。
あぁ、つまり相変わらず一人じゃできないと……。
ただ自分だけで何か出来る人って言うのも少ない気もするんです。
踏み出すには、何か背を押してくれるものが欲しいんじゃないかな?と。
そっから歩き出すかどうかは、人それぞれだし、どれがいいとか悪いという話じゃない気がします。
本当に皆いい人達だ。
なんで、そう言う人たちからもらったいい切欠なんで、ちゃんと活かしていきたいなぁと思います。
まぁ仕事もあるんで、無理なくですが。
仕事に関しては特に問題ない……はずだったんですけどね。
年末からちょいごたごたありまして、部署移動の予感。
というか、ちょい経理から離れた仕事をするかも……って感じです。
営業事務なんですが、引継ぎなんかがかなり曖昧なんで、私は凄く動き辛く、もどかしい感じです。
おかげで怒りにぶち切れかけること数回。
一度社長に直で文句を言うぐらいだったんで、相当なもんだと思います。
私会社で怒るなんて早々しませんからね、これでも。
正直おかげで私は来年有給どこらか、代休の消化も危うい感じです。
休めるのか?というか、私は一体何処に行くのか?というか。
これに関しては2011かなりもめそうな予感です。
まぁ仕事やめるつもりは毛頭ないんですけど。
っていうか、こんな所でやめると、なんか投げ出したみたいで嫌なんで。
やるなら、きっちりある程度形をつけてからやめてやろうと思います。
私生活の方は、基本とと様のことがやはり大きかったなぁ。
とはいえ、1年なんとか越えたなぁという感じです。
夏ぐらいまでは、やっぱり体調が安定しなかったし、何週間も点滴で、ご飯食べれないときのとと様は、本当に”病人”という感じで見てるこっちもやっぱり辛かったです。
胃ろうして、栄養が入るようになって、体調が変わりましたね。
今は胃ろうしても、夜だけは経口で食べてますし、最近は自分でも大分食べれるようになりました。
更にちょこちょこと食欲もあって、家から持っていった湯豆腐とか、煮物とかも食べてますし、経口を一日2食にしようかと言う話も出てます。
一方で、病院が変わる後とに、私とかか様は気苦労が絶えず、そのたびに問題が発生していました。
金銭面的な問題(何処の病棟に入るかでも違うし、おしめ代や器具なんかのお金の取り方も病院によってかなり差がある)やら、同室の人と揉めたこともあります。
あとは看護婦さんや病院からの説明不足に、腹立たしかったり。
そのたびにかか様と意見を交換し、なるべく冷静な第三者になり、相手の立ち位置、仕事の内容や守秘義務などなどを鑑みて、かか様の精神状態ととと様の体調やらなんかも計算に入れながら意見をすると言うことの連続でした。
こういうのは昔取った杵柄というわけじゃないですが、精神分析やら、昔専門学校でやった病人心理とか医療従事者としての勉強はかなり役立ったと思います。
あと創作でもそうなんですが、主観を入れないで物事を見るというのは、大事だなぁと実感しました。
創作でも常にそういうなのは意識してたんですけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。
さて、2010年はこんな感じですね。
2011年もよろしくお願いします。
2011楽しむぞぉおおお!!

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