乗り遅れサンタクロース2石畳の階段を駆け上がる。腕に定春を、肩に神楽を乗せて、俺は長い階段を走った。はぁはぁと白く熱い息が顔に張り付いて気持ちが悪い。それでも何とか足を動かす。やっとの思いで辿りついた社殿。そこは、大晦日からずっと俺が仕事で入っていた神社だった。
女に聞けば、元の世界に戻るには、神の入り口からでなければ出入りできないらしい。でもこの町に教会なんてあるわけがない。でも、新八は手料理に和食なんて作ってきた。宗教観も文化の違いも新八たちからすれば関係ないらしい。なら、神の入り口と言われる場所は、絞られる。あのスーパーで一番近い神社といえば、ココしかない。
「くっそぉどこだ。」
あたりを見回すが、新八らしい姿は見当たらない。正月も半ばで、しかも時間は夕餉時ともなれば、参拝客どころか、神主らも姿がない。それともここではなく、もっと他の神社だったのか。焦る俺が迷った時だ。
「銀ちゃんあっちアル!!
ピカピカしてるネ!!」
肩に乗っていた神楽の目には、何かが見えているのだろう。俺の髪を引いて、精一杯指を指し示した先。そっちには、俺も覚えがある。社殿を囲うように鎮守の杜がある。そしてそこにはあるのだ。神の入り口に相応しいもの。
「ご神木か!!」
俺は走り出し、すぐに本殿の横から回り込み、鎮守の杜に入りあたりを見回した。すると居た。木々を縫うように見た先にあったご神木の所に。きっと前もって何処かに隠しておいたんだろう。場違いなほど、真っ赤なサンタの服を着た新八が居た。
「新八ぃいい!!」
駆け寄って、呼ぶ。すると新八が振り返り、俺たちを確認するやいなや叫んだ。
「来るな!!」
その言葉に、俺は流石に足を止めた。新八の目には、強い拒絶があった。
「来ないでください。
何も言わずに、出て行こうとしたことは、謝ります。
でももう、僕の役目は終わったから、帰ります。」
俯きながら話す声は、震えていた。新八がただサンタの役目として、俺の願いを叶えるためだけにこの二週間を過ごしたわけではないと、俺はもう知っている。その言葉にひるむつもりはなかった。役目だとか、願いだからだとか。もうそんなのは理由にならない。俺にとっても、新八にとってもだ。
「しんぱちぃぃい。
しんぱちぃい、いちゃぁヨぉ。」
神楽が精一杯手を伸ばそうと、俺の肩で暴れだした。俺が神楽を肩から下ろし、その隣に定春を座らせた。すると両方とも、すぐに新八の元に駆け出した。
「しんぱちぃいい!!」
「きゅぅ~んん。」
「来ちゃ駄目!!」
ぴたりと止まる。新八が今まで、神楽にこんな風に怒鳴ったことなんて、一度もなかった。驚いた神楽も定春も泣きながら、それでも新八の言いつけを守って、動こうとはしない。
「ごめんね、神楽ちゃん、定春。
でも大丈夫だよ。
ちゃんと、新しいお母さんが、一杯可愛がってくれるから。
だから、元気でね。
あんまり食べ過ぎちゃ・・・駄目だよ。」
新八も涙を零しながら、それでも精一杯笑顔を作ろうとしている。新八の気持ちが変わらない。泣いて縋ってもとめられない。そのことを察した神楽は、その場に座りこみ、叫ぶように泣き出し、それでも新八を呼ぶ。
「いあゃああアルぅう!!
新八いっやゃやぁあ!!」
「神楽ちゃん・・・。」
「どこ行くぁるかぁああ!!
しんぱちどこぃくあるかぁ!!
神楽も行くぅねぇ!!おいてぇっちゃぁああ!!」
その言葉に、俺は初めて気付いた。
神楽はずっと、新八が何処かに行くことに、ずっと気付いていた。俺なんかより、ずっとしっかりと考えてた。だからいつも聞いてきてたんだ。新八は何処に行ったかって。俺が逃げてばっかりだったときも、こんな小さな頭で考えて、新八を手離すまいと必死にしがみついてた。
「ごめん・・・。
ごめんね、神楽ちゃん、定春。」
二人から逃げるように、新八はご神木に身を寄せた。涙をぼとぼとと零し、それでも二人を拒絶し続けた。もう充分だった。俺は覚悟を決めた。
「傍に、居てくれ。」
俺の言葉に、新八が顔を上げた。俺は歩きだし、神楽と定春の傍に屈むと、その二つの頭を撫でた。神楽がきょとんとした目で、俺を見上げてくる。でもその目の奥はとても寂しげだった。そうだ。俺も神楽も、定春も。新八が居なければ、寂しい。その場所は、誰にでも務まるものじゃない。代役なんて居ない。
「これから先、ずっと。
俺の傍に居てくれ。
お前が居ないと、お前じゃないと駄目だから。
神楽も、定春も、俺も、お前じゃないと駄目だ。」
新八の腕から力が抜けたのが傍目からでも、分かった。呆然とした目が俺を見る。まるで絶望したかのような目からは、拒絶は消えない。
「駄目なんです。
僕は、僕なんかじゃ、あんたの傍に相応しくない。
僕は・・・!!」
「俺達を騙したからから・・・か?」
「なっつ・・!!
・・・なんで、そのこと。」
「さっき聞いた。
お前が俺にって用意してくれた女に。
自分の到着日を、新八が態とずらしたって。」
新八の表情が、歪んだ。今まで一度も見たこともない顔だった。少なくとも、新八はそれほどの罪を犯して、俺たちの傍に居ることを選んだ。
本当は、ちゃんと24日の夜に、嫁は手配できていたそうだった。女神である姉を通し、同じ女神である、先ほどの女を俺の嫁にと紹介されたそうだ。その時点では、何も問題なんてなかった。しかし新八は何を思ったか。2週間前になって、その手配を変更した。俺が子供と仲良くなってから嫁と過ごすのも悪くないと言ったなんて、嘘の申請をして。
でも、そんな嘘はいつかばれる。そんなことは知っていたはずだと女は言った。願い事を言った人間は、当日までの行動を観察されている。その観察した記録は、サンタである新八を通し、神の元へと行く。そして対象者の願いを見事完全に叶えて、初めてサンタは神から褒美をもらえる。だから俺を観察していたという記録を見れば、新八の嘘など一目瞭然。そしてその罪はけして軽くない。聖人という地位の剥奪も順当と言うほどの罪だ。神の世界で、聖人と言う地位を失うということは、ただの人に戻るということになる。
それでも新八は知って罪を犯した。
「傍に、居たかった。」
小さな声で、新八が言った一言に、俺は一言一句聞き逃すまいと、神経を尖らせた。
「銀さんの願いを聞いてから、僕、ずっと銀さんを見てました。
事務所で寝転がってるのも、仕事せずにダラダラして、甘いもの食べて。
お酒一杯飲んで、時々キャバクラ行ったりしてるのも。
全部見てました。」
「碌なもんじゃなかっただろう。」
来るまでの生活を見られていたという気恥ずかしさはあったが、見ていたのが新八だというなら、別にいいかと言う気にもなった。
「確かに、凄く駄目な生活って感じでした。
最初は、こんな人に神楽ちゃんたちを預けて大丈夫かなって。
でも、それだけじゃなかった。」
新八が顔を上げる。泣き過ぎた上に、冬の冷たい風に曝された頬が真っ赤になっている。肩を震わせ、しゃくりあげながらも、新八は全てを話し始めた。
「だらしないだけじゃなかった。
銀さんは、いつも誰かを守ってた。
お登勢さんだったり、依頼してきた人だったり、友達だったり。
苦しんでいる人や、困っている人を、助けてた。
僕は、年に一回しか、できないのに。」
聖人であり神の傍に居ながら、人を見守ることしか出来ない聖人。彼らは人の世界に降り、何かするのは、一年に一度だけしか許されないらしい。他の神と呼ばれるもの達が、好きにその力を行使できることを考えれば、その地位はけして高くない。神の世界では末席にあたるらしい。そのことに物足りなさと、力の無さを感じていたのだろう。そんな新八からすれば、俺はとても身軽に感じられたのかもしれない。
「でも、それなのに、銀さんはいつだって一人ぼっちだった。
家に帰ってきても、誰も居ない家で、一人でご飯食べて、一人で寝て。
銀さんが寂しいって、苦しいって言っても銀さんは一人ぼっちで。
銀さんは優しいし頑張ってた。
その銀さんが寂しがってるのに、誰も助けてくれない!!
そんなのおかしいじゃないですか!!
なんでって!!
僕は、それが悔しかった!!
だから、僕が助けるんだって!!・・・でも・・・でも・・・。」
「新八。」
「でも、本当は・・・僕が傍に居たかっただけなんです。
傍に居て、遠くからじゃなくて。
銀さんの傍で銀さんが、笑ってるのをどうしても見たくて。
だから嘘ついたんです。」
「もういい。」
「ずるいんです、僕本当に。
でも、傍に居たら、ドンドン欲張りになって行って。
最初は近くで見てるだけでいいって思ってたのに、触れたくなって。
触れたらずっと、傍に居たくなって、離れたくなくなって。」
木に縋りつき額を当てて、泣く新八をいったい誰が責められるんだろう。むしろ責められなきゃいけないのは、俺だ。俺がこんな願い事を言わなければ、新八は苦しむことも、惑うこともなかった。
でも、もう遅い。
俺が歩くたび、葉をくしゃりと踏み、湿気た土が歪む。傍によると、新八は脅えるように震えていた。木に自分の身体を寄せて、少しでも俺から隠れようとしている。俺達の傍にと思う気持ちと、それを拒む気持ちが、新八の中にもある。それは俺も同じだ。胸の奥が脅えて震えていた。傍に居て欲しい気持ちと、帰したほうがいいのではという気持ちは、どちらも俺の中にもある。正しさが何処にあるのかなんて、分からない。それでも正しさだけでは救われないこと、守れないものがあることを、俺は知っている。
新八の手を取った。ガタガタと振るえ、腰が引けている。それでも新八は、俺の手を振り払ったりしなかった。そのままゆっくりと。焦れそうになる心を抑えながら、ゆっくりと新八の身体をご神木から離し、もう片方の肩に手を回した。俺の服の裾をぎゅっと握り、口は息を何度も吸っては吐きを繰り返しす。しかし白い吐息には言葉はなく、音のない唇は逆に言葉が喉につっかえているようで苦しげだ。
それでも、俺は、新八を苦しめることを承知で、その顔に手を添え少しだけ顔を上げさせ、もう片方の手は新八の腰を捉え引き寄せた。新八が軽く首を横に振る。駄目だと唇が音にならずに言う。でも”いやだ”とは言わない。そんな唇を俺は親指で、軽く撫でる。まるでチャックでもするように。
もう何もいらないはずだ。新八だって、もう本当は分かってる。例えそれが間違いでも、俺と新八と神楽と定春と。みんなの願いが一緒なら許されることに意味はない。
「好きだ。」
新八の目が見開かれた瞬間。俺は、新八の唇にゆっくりと顔を寄せ、触れた。涙と冬の風に凍えた唇は、冷たかった。暖めてやりたいと思いながらも、俺は逃げ腰な唇に微かに触れるだけのキスを送る。そしてそのままで告げる。俺の息が、新八にかかる。
「お前がいい。」
「ぎん・・さぁん・・・。」
「俺の願いを、ずっと叶えてくれるサンタさんになってくれ。」
聖人だ、女神だなんて、どうでもいい。ただ誰が居ても、新八が居なければ、俺の願いは叶わないも同然だ。意味がない。娘とペットと、そして嫁と。それが揃ってなければ意味がない。
伝える術は、今度は直接。言葉で腕で、吐息と熱と、とにかく俺の全部で。ずっと堪えていた気持ちが、俺の身体中から噴出している。いつだって、新八が満たしてくれていた俺の中の熱を、今度は新八に伝える。
「選べよ。
俺の中でなら、お前は、もう自由なんだ。」
もう新八は、何かに束縛されなくていい。唇も、腕も、何もかもが自由なのだから。自由だから、救える者がある。俺が新八にやれるものといえば、それだけだ。ただそれだけは、絶対に約束してやる。聖人と言う鎖なんて、俺がぶっ壊してやる。欲しいものがあるなら、手を伸ばしていいんだ。
「ほしぃ・・・。」
か細い声が、震える唇から零れた。何をとは言わない。でも、もうその目が全部物語っている。俺は一度だけ、その冷たい唇に吸い付き、暖めて解す。ちゃんと聴きたい。全部知りたいから。
唇を放すと、もう新八に躊躇はなかった。
「欲しいです!!
銀さんが、ずっと、銀さんと神楽ちゃんと定春と!!
ずっとずっと、傍に居たいです!!」
「新八!!」
もう言葉は不要だから。その唇をふさぎ、腰を引き寄せる。舌を抱き合わせ、新八の中を深く探る。新八の背中が震えたが、構ってられない。欲しい欲しいという気持ちのまま、中を荒らしきる。新八の手が、俺の背中に回ったとき、今度はそのまま頬も目元にも唇で触れ吸い付く。俺の耳に新八の息がかかる。その息に紛れて、好きという言葉が届き、俺は新八の耳に噛み付いた。
「ひぃあ!!」
驚いた新八の身体が逃げようとしたが、俺はそれを許さず、そのまま耳に注ぐ。愛していると。そして顔を覗き込んでやると、寒さとはまったく別で真っ赤になった新八が、恥ずかしげに唇を尖らせる。そんな初心な仕草を見せられて、俺が我慢なんて出来るわけもない。
「可愛いサンタさんに、プレゼントやるよ。」
「えっ。」
そのまま唇を重ねる。奪うでも触れるだけでもない。しっかりと重ねて、触れて幸せを与え合う。触れ合った所から、身体が温まっていく。こんな暖かいものを知ってしまえば、もう二度と、手離せない。俺がやれるものといったら、何もない。木刀と寂しがってばっかりの心。それは変わらない。でも、新八がそれでも欲しいといってくれるなら、全部やる。
その時、新八の後ろの方で、動けずに居る神楽と定春が、こちらを見ていたことに気付いた。心配そうに、ハラハラとしているのが、すぐにわかって、俺は新八の背中越しに、こっそり二人にブイサインを送ってやる。すると、神楽の顔がはっきりと驚きからすぐに満面の笑みえと変わった。
唇を放すと、腰が抜けそうになっている新八を支える。息が整うのを少しだけ待って、俺はその身体を支えて後ろを向かせてやる。
「新八。
お前が、呼んでやって。」
そこには、期待をしつつ、それでもまだ新八の言いつけで動けない神楽と定春が、足踏みをするようにむずがりながら待っていた。すぐに新八は、腰を屈めてその両手を広げて、呼んだ。
「神楽ちゃん!!定春!!」
「しんぱちぃいい!!」
神楽と定春が、新八の声に駆け出した。
「どこ行くネ、銀ちゃん?」
仕事へと向かう玄関で靴を履いていた俺に、神楽の引き止める声がした。まだ寝巻き姿のまま、半分寝ぼけたような目を擦りながら俺を見上げる。隣には定春も居る。神楽の口元は、さっきまで垂れていた涎がまだ残っている。でも、そんな神楽が、俺は可愛くて堪らない。きりがないと分かっているし、遅れるから駄目だとは思うけど、ぎゅっと抱きしめてやりたくなる。新八が本当に家族になって、もう一ヶ月ほどだが、本当に全部俺の物なんだという実感からか。俺は、神楽に対する親馬鹿に歯止めがかからなくなってきている。
「銀さんは、今日はお仕事だよ。
一緒に待ってようね、神楽ちゃん。」
俺の傍に見送りをしようとしていた新八が、諭すように言った。するとそれまで寝ぼけ眼だった神楽の目が急に見開かれ、怒ったように眉を寄せて、頬を膨らませていた。その目には、薄っすらとだが涙もにじんでいた。思いも寄らない反応に、俺はただ首をかしげる。
「神楽?」
「どうしたの?神楽ちゃん?」
俺達が呼んでも、神楽は新八の後ろに隠れて出てこようとしない。俺と新八は顔を見合わせるが、新八も心当たりはないらしく、俺も皆目検討がつかない。どうしたのかと頭を撫でようとしても、顔を背けてこちらを見ようともしない。コレはかなりの怒りっぷりだ。
「おいおい、どうしたよ、神楽。」
「神楽ちゃん。
銀さんにいってらっしゃい言わないと。」
諭すように新八は言いながら、後ろを向き神楽を捕まえる。二人は向き合うが、下を向きふくれっ面のままの神楽は、鼻をぐずらせて、もう泣く寸前のようだった。
「うそつきアル。」
「うそつき?
僕が?銀さんが?」
「銀ちゃん、昨日に言ってたネ。
今日は、一日神楽と遊ぶって。」
「えっ!!」
「銀ちゃん言ってたアル!!
神楽とお砂で山にトンネル作ってくれるって言ったネ!!
うそついたアルうぅ。
銀ちゃんなんて嫌いョ!!」
「あっ!!」
神楽の言葉に、俺も漸く思い出した。確かに昨日の夜だ。外で長谷川さんと呑みに出かけて帰ってきたときだ。ほろ酔いで心地よい眠気に攫われそうになってた。そこに、神楽が絵本を読んでくれといったが、とてもそんな状態ではなかったので、俺は今日は無理。だから明日は、一杯遊んでやると約束した。昨日の朝に緊急で入った大工仕事の予定は、すっかり忘れていた。
「銀さん!!」
すっかり泣き出してしまった神楽を抱えて、新八が声を潜めながら、俺を咎めていた。定春は神楽の傍で、心配そうに神楽を見上げてきゅうんと鳴いた。
酔っていたなんて言い訳にならない。完全に俺の落ち度だ。神楽との約束を忘れてたなんて最悪だ。新八も怒っているのも無理ない。
「わりぃって・・・・。
神楽ごめんなぁ。」
新八の腕の中に抱えられた神楽に謝罪するが、神楽には届かない。新八のお腹にすがりついて頭を振る。正直手を伸ばすことさえ、戸惑われる。
「神楽ちゃん、昨日は昼間から銀さんといつ帰るのかって。
遊びたいってずっと言ってたんですよ。
帰ってきたら絵本読んでもらって、お風呂も一緒に入るって。
なのに・・・。」
最近は、神楽たち家族が正式に増えたこともあって、俺も一人で居た頃より仕事が増えていた。でも皮肉なことに、仕事が増えれば、構ってやれる時間が減る。そのこともあって、最近神楽が構って欲しがっていたことも、薄々気付いていた。だから今度の休みの日はめい一杯遊んでやろうと思ってたんだ。そのつもりでした約束が、逆に神楽を傷つけてしまうなんて。
「新八、俺仕事休んで・・・。」
「そんなわけには行かないでしょ!!
怪我した大工さんの代役なんですから。
銀さんが休んだら、向こうの人が困るでしょ。」
「でもよぉ・・・。」
ひそひそと新八に相談するが、新八に同じ音量で却下されてしまった。神楽は新八の腕の中でまだしがみついている。もうすでに怒っているというよりも、楽しみにしていた約束を反故にされて悲しんでいるようにしか見えない。
正直、もうその時点で俺にとっては、仕事なんてどうでもよくなっていた。仕事と家族どちらが大事かなんて、俺にしてみれば愚問中の愚問。後者以上に大事なもんなんて、俺にはない。
「神楽ちゃん、今日は諦めよう。
代わりに僕が一緒公園でお山作ってトンネルするから。」
新八の提案だった。反応を見ようと新八は少しだけ神楽を放し、様子を伺う。しかし神楽の気持ちは以前沈んだままだった。
「嫌アル。
新八この間トンネルのとき、お山ぐちゃぐちゃにしたネ。
だから銀ちゃんとが良かったアル。」
ぽろぽろと涙が零れる。俺と新八は顔を見合わせて、如何しようかと考える。
仕事は休むわけにはいかない。でも神楽との約束は、守ってやりたい。それも寂しい思いをさせてしまったのを埋め合わせるぐらい、楽しいことで。
俺の頭の中に、神楽の好きなものを思い浮かべる。神楽が好きなものといえば、新八と俺と、定春と、新八の作ったご飯。そして可愛い動物。それなら。
「じゃあ、神楽。
今日の埋め合わせに今度の休み、動物園はどうだ?」
ぐずっていた神楽が、やっと俺を見て首をかしげた。新八も小さくアッと声を漏らし、笑顔を見せた。
「動物園って・・・何アルか?」
「動物園っていうのはね。
神楽ちゃんが大好きな動物が、一杯居るところだよ。」
「図書館で借りてきた図鑑があっただろう。
象とか猿とか。
それの本物が見れるところだ。」
神楽の目が驚きにまん丸になり、口を開いたまま閉じれなくなってしまう。いい反応だと思う。神楽が何度も繰り返してみていた図鑑は、俺も一緒に見せられた。その時にも一度本物を見せてやりたいと思っていたのだから、お詫びもかねれば丁度いい。大江戸動物園には、俺も清掃の依頼で数回行ったことがあるから、良く知っている。
「キリンは!!キリンは居るあるか!!」
「キリンも居るぞ。
コアラも居るからな。」
「コアラ?
コアラって何アルか?」
「すっごくかわいいんだよ。
じゃあ、今日は図書館に行って、動物の図鑑で調べてみよう。」
「かわいいの見たいネ。
動物園行きたいアル!!」
ぱぁっと神楽の表情が明るくなる。可愛いのが好きな神楽なら、きっとコアラなんて見た日には、はしゃぎまくるに決まっている。そんな顔が俺は見たい。
「よし、じゃあ次の休みは動物園で決まり!!」
「やったネ!!
銀ちゃん大好き!!」
さっき泣いてた烏が、もう笑った。全開の笑顔で、神楽が俺の腕に飛び込んできた。抱き上げて、ぎゅっとしてやると、身体全体で俺にしがみつく。
「ごめんな、神楽。
約束やぶっちまって。」
「もういいネ。
許してあげるアル。」
涙でべたべたになった頬に、ちゅっちゅとキスをしてやると、擽ったそうに身を捩った。新八は、何があったのか理解していないらしい定春を抱えて撫でる。
「銀さん、今度のお休みいつですか?」
「えっと、明日は長谷川さんの手伝いがあるから、明後日だな。
今度は間違いない。」
「明後日っていつアルか?」
「明後日っていうと、そうだな。
朝ごはんをこれから食べるだろう。
明日もう一回食べて、行く日も食べる。
朝ごはん3回食べてご馳走様したら、行くからな。」
「分かったアル!!
3回朝ごはんをご馳走様ネ。」
納得したらしい神楽は、何度も何度も頷く。許してもらえて、俺は正直かなりほっとした。神楽にあんな顔をさせたままなんて、一日仕事になるわけがない。
「今度は絶対ネ。」
「絶対絶対だ。」
「大丈夫だよ、神楽ちゃん。
今回は、僕も聞いてるから。
もし今度銀さんが忘れてたら、僕がとっちめちゃうからね。」
新八が空恐ろしいことを言うが、神楽はそれにも満足したらしい。嬉しそうな神楽を見ていると、正直このまま本当に休んでしまいたいが、そろそろタイムリミットだ。俺は神楽を新八と定春の傍に下ろした。
「よし、じゃあ俺は行って来るわ。」
俺は立ち上がり、傍に置いてあった弁当を手に取った。そしてそのまま玄関を開ける。振り返ると二人と一匹がこっちを見ていた。
「行ってらっしゃい。
気をつけて。」
「行ってらっしゃいアル。」
「ワン。」
外から冷たい空気が入ってくるが、身体の中は暖かい。もうこの家は冷たくならない。
暖めてくれるのは、元サンタの可愛い嫁と娘とペット。俺の大事で堪らない家族だ。
END

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