4 幼い夢は儚いものですかテレビから聞こえてくる声に、意識が浮上する。もうすっかりと見慣れた襖の色は、志村家の居間。和一色のこの家は、どこか落ち着いて気が抜ける。一度、志村に我が家にいるみたいに、くつろいでいると言われたことがある。確かにそうだ。まだ知り合って、数ヶ月しかたっていないうのに。でもここに住う者は、誰もそれを咎めることは無いし、それを喜んでくれているのを肌で感じる。
リモコンでテレビを消すと、ぷっつりと辺りは静か。主の居ない玄武寺は少し寂しい。外から見れば、いつものぬけがら寺に違いないけど。それでも何かが違う。突っ伏していたテーブルから顔を上げると、ハクタクさんがかけてくれたのだろう。いつの間にか半纏がかけられていた。草色をした半纏は、ここに居ない主の物だ。袖を通してみるとやはり自分の腕が出てこなかった。袖をまくって手を出すと、腕がだぼついている。志村の腕を思い出す。触れると硬くて、やっぱり男の子だなと改めて思ったことがある。それほど鍛えているようには見えないのに。
それでも、やはり彼はK都守護家の一人なのだから。闘うことは自分なんかよりはずっと身近だったんだろうなと思う。妖魔と呼ばれる異質と闘っている。闘えなくなったら、闘えるように自身を鍛えてまで闘うことを求められる。
「失礼します、ミーコ殿。
起きられたか?」
「菖蒲さん。
志村の貯め録りしてたの見てたら、いつのまにか寝ちゃって。
ありがとう。」
菖蒲さんがひょっこりと顔を出した。まるで昔話に出てくる妖精のように、小さな彼女の体は、何か白い封筒を抱えている。フラフラとしながらもテーブルにたどり着く。
「ならば、コレを。
先ほど、細見殿が来られて、こちらに預けていかれた。」
「えっ。
じゃあコレ。」
真っ白な封筒に、私宛の名前。綺麗な文字。こういう家だから、きっと子供の頃から厳しくしつけられてきたんだろうな何て思う。第一に、細見から預かった手紙だというのなら、コレを書いたのは間違いなく。
「主からのようですぞ。
それでは、わしは失礼する。」
「うん・・・ありがとう。」
「なんのこれしき。」
気を使ってくれたんだろうなぁ。ふわふわと飛びながら、菖蒲さんは出て行った。それを見届けてから、私は封筒を指で切って中から便箋を取り出す。妙に緊張する。白地の便箋はただ線が引かれているだけ。話に聴くと、山奥の山寺にいると言っていた。なら、こういう紙があっただけでも、よかったのかもしれない。
ゆっくりと読み進める。ケーキを受け取ってくれたこと。そのお礼。まだカトブレパスを呼び出すことは、出来ていないみたいだけど、厳しい修行の様子も垣間見えた。頑張っている。あの面倒なことが嫌いな志村が。そう思うと少し可笑しい。文章の端々に、あぁこういうのに慣れてないんだなぁと言うのが解る。書き直した痕を見つけて、微笑ましく思う。きっと何を書けばいいのか、必死になって考えたんだろうなぁ。もっと簡単なものでも全然いいのに。ぶきっちょな奴。
昔、まだ幼稚園ぐらいの頃は、とにかく戦隊モノのヒーローに憧れた。誰でも一度はある経験だとは思うけど。でも私はその中でも、真っ赤な戦闘服のリーダーに憧れた。他の女の子は、ヒロインになりたがったけど、私はヒーローが良かった。明るくて、強い。何でもできるヒーローがかっこよく見えた。真似をして、公園のジャングルジムから飛び降りて、怪我をしたこともある。今思うと、良く骨折していなかったな思う。
そんな私を案じてだろう。お母さんが言った。
「女の子はヒーローには成れへんのよ。」
怪我の痛みではなくて、ヒーローには成れないと言われたことが悲しくて大泣きした。両親を困らせた。嫌だ嫌だと言って駄々を捏ねた。両親には、今だに、それをからかわれることがある。
志村に初めて会ったとき、そのヒーローだと思った。K都を守る私達のヒーローだと。
でも、現実は少し違った。志村はまぁ顔は綺麗だけど、根暗だし、直ぐいじける。めんどくさがりで、アニメ好きで、地味で。優しい所はあるけど、何でもできるっていう人間じゃない。手紙一つだって、きっと必死だ。私の憧れたヒーローの普段の姿からも程遠い。
でも、闘っている。頑張っている。お兄さんを討つ為という目的かもしれないけど。それでも日々闘っている。血を流して、体を張って。時には人に厭われながらでも。
それでも志村は闘っている。細見もみちるさんも。予定調和なんて無い現実で。
そんな中で、私は何も出来ない。いつだって、守られるだけだ。闘うだけの力も無い。みちるさんはそれでもいいと言ってくれた。いてくれるだけでいいと言っていた。でも、私は嫌だ。ヒロインには心を惹かれなかった。守られるだけでは辛い。傷ついても戦いっている志村の隣で、ただ守られるだけなら、いっそうのこと居ないほうがまだましだ。でも、それは嫌だ。
傍に居たい。資格なんて無くても。何も出来なくてもそばに居たい。昔と変らない子供の駄々のように思う。今だって、本当は会いに行きたい。怪我をしているのではないかとか。無理をしていないかとか。心細くなったりしていないかとか。いや、ただ会いたい。志村の為だとかではなくて。手紙には、元気だとか、大丈夫だとか書いたけど。嘘。全然大丈夫じゃない。
ただ、私が寂しいだけ。
置いていかれるのが寂しくて。
きっとそのうち、私が邪魔になる日が来る。もしかしたら、私の所為で、志村が怪我をするかもしれない。可能性が無いなんてどうして言えるだろう。今回の怪我だって、私のことを気にかけて一瞬の隙をつかれたのだと、ハクタクさんに教えてもらった。
こんなんじゃ嫌われる。傍にいられない。それが嫌で、ハクタクさんの時間が空いたときに、妖魔のことを教わっている。
知って知って、知れば知るほど、自分がいかに無力なのかを知って。その距離に悲しくなる。それでも知ってしまえば、後戻りができなくなるのではないかと。しょうがないと志村が言って、傍にいることを許してくれるのではないかと。ズルイ。志村が優しいことに付け込んだ浅知恵以外のなんでも無い。それでも、傍に居たい。それだけは嘘じゃない。
手紙の最後に、一つだけ希望を見つける。
”待っていてください。”
その言葉を指でなぞる。待っていていいのだと思うと、それだけで嬉しい。期待してしまう。ダメだといわれても期待する。だって、自分も待っていたいから。それ以外に、私にできることなんて無いけど。でも出来るのがそれだけなら、それをしていよう。待っていよう。今はまだ、許されているから。
「うん。
待ってるからな。」
ヒーローは遅れて登場するものだと、相場が決まっている。だから私は信じている。待っている。ここが彼の居場所なのだと信じて。
END

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