「嫌だ!!
僕、皆のこと忘れたくない!!!」
紅い血が走り、石畳の床に円陣が動き出した。
フェスの詠唱に反応して、辺りの魔気が振る。
肌を刺すように痛み。
身体を覆う重い幕に締め付けているようで、骨を軋ませた。
円陣の発動と共に、空気が一気に弾け、鋭い痛みに胸の奥を貫かれる。
響く断末魔が扉に吸い込まれ、そして次第に消えていった。
扉が閉じられると、ゆっくりと和らいでいく痛みと脱力感で体がふら付き、床に手をついて支える。
顔を上げると、手の血が止まらないまま、フェスもまどかを見ている。
遠い、とまどかは感じた。
その後ろに居るフェスの父や母たちも、皆一様に痛ましいような顔をしている。
それがなおさら、まどかの悲しみを突き上げて、もうどうしようもない結末を知らせていた。
自分の後ろで、最後の扉が開かれたのがわかった。
懐かしい家の匂いがまどかの心を引く。
でもそれを受け入れることは出来ない。
受け入れてしまえば、それで終わってしまうものがある。
楽しかった日々が消えてしまう。
全て・・・全てがこれからなのに。
友達だと、言ってくれた。
初めて、友達であることを許してくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて。
それが全て消えてしまう。
こんなに、こんなに彼が大好きなのに。
それさえ消えてしまう。
「一郎君・・・」
ふらつく足を何とか堪えながら、冷たい石畳を踏みしめてまどかは立ち上がる。
「一郎君!!!」
それはまどかにとって、最後の希望だった。
どうにもなら無い、解っていても、彼ならば。
彼なら否定してくれるのではないか。
そう思いたくて名を呼ぶしかできなかった。
どうして欲しいと口にするには、あまりにも罪深すぎて言うことができない。
それはまどかも、わかっていた。
五精霊が何の為にその命を懸けたのか。
フェスの家族達が、どうしてこれほど傷を負っているのかが、解らないまどかではない。
それでも諦めきれないほど、彼とともに居たかった。
ただ、それは簡単なこと些細なことで。
どうして、叶わないのか。
まどかは、それが悔しくてならない。
何が自分達を阻んでいるのかは、フェスにもまどかにもわからなかった。
生まれか、大きすぎる力か、それともそれを望むことも罪深いのか。
何も解らず、突き上げてくる想いに、胸が裂かれて痛かった。
それでも。
「たくさん・・・遊んどきゃよかったな。
一緒に。」
そのとき、まどかは全てが理解してしまった。
同時に、痛みがゆっくりと解けていった。
揺らぐ視界の先で。
初めて見ると言ってもいいほど優しく、そして悲しげに笑うフェスを見て。
否定したくて、足掻きたくてたまらなかったものを、悟らずにいられなかった。
今までずっと繋がっていたような気がしたフェスの手が、ゆっくりと離されていく。
暖かさも、優しさも、記憶も、何もかもを忘れ、手放さなければならない。
まどかにとって、フェスはいつでも優しかった。
それはけして解りやすい優しさでは無いけれど、いつだって自分を守ろうして厳しさを装っていること。
それを知っていたから。
その彼が、もう笑って見送るしかないと決めたのだから。
忘れたくない、もっと一緒に居たい。
それは言うことは出来ない。
だからこそ、まどかは約束を口にした。
「忘れても・・・忘れても・・・。
必ず思い出すから・・・・・・。」
まどかも、また笑った。
最後ならなおさら、笑って。
たとえ忘れてしまっても。
「絶対思い出すから・・・・・・。」
今はそれ以外には出来ないから。
新しい約束を一つだけしか。
忘れてしまう癖にと、言われてもいい。
この強い強い痛みが、少しでも心に痕を残すように。
「そしたら、いっぱい遊ぼうね。
一緒に・・・・。」
伸ばすことの出来ない手の代わりに。
もう一度、あの日の約束を。
キヲクまどかが目を開けると、机の上に積み重なった本が作る、長い影が目に入った。
窓の外は、夕日が落ちかけて部屋の中は薄暗い。
夏でも夕暮れになれば、熱さは和らいだ。
フェスの部屋にクーラーは無かったが、扇風機が柔らかい風を送り、まどかの長い髪を揺らした。
いつもとは違う長さに慣れないまどかは、何度も寝返りを打つ。
浅く眠っては起きるの繰り返しが、逆に辛い。
頭を縛るような倦怠感がある。
「はぁ・・・。」
目を閉じると、母の顔が浮かぶ。
唯一の家族。
とても見ていられず、まどかは体を起こし、両足を抱え込んで顔を埋める。
下の階では、フェスの家族がまどかの体にかけられたチェンジングを解く為、魔界へ行く準備に追われている。
申し訳ないと謝ることしか出来ないまどかに、フェスの母は、軽い口調で言った。
「どうせ、夏休み中に一度は、帰る予定だったし。
それが早まっただけだわ。」
そして、夜の出発のために今は寝るようにと、フェスの部屋を借りて仮眠を取っている。
その間も、フェスの家族は、バタバタと慌しく用意をしているのだ。
もちろん手伝いも願い出たが、魔界の空気になれない上に、薬の効果が本当にコレで終わりなのか。
解毒が出来ない以上、これから何が起こるかわからない。
だからこそ今は、なるべく体力を温存しておくべきだと諭されては、何もいえなかった。
もちろん、誰もまどかを責めることは無い。
だが、役にも立てず、面倒ばかりを起こす自分を、いつも助けてくれるフェスの一家に、まどかは申し訳なくなる。
零れそうになる涙を必死に飲み込むと、咽喉の奥が熱く痛い。
その時、何の前触れもなく、扉が開いた。
「・・・まどか!!」
揺らぐ視界と暗い影に立っていたフェスは、まどかを見ると直ぐに、まどかの傍に駆け寄った。
顔を見られたくなくて、まどかは咄嗟に顔を伏せるが、普段と違う様子に、フェスがまどかの肩を掴んだ。
「どうした!どっか痛むのか?」
慌てた様子で尋ねるフェスに、違うと返答しようとするが、熱い咽喉は声が中々出ない。
顔を必死に反らしたが、肩を強く引かれて、思わず声が漏れた。
そして、声が出ればその分だけ、今まで必死にせき止めていた涙が、零れ落ちた。
息を呑み咄嗟に手を離すフェスに、まどかは手の甲で涙を拭った。
「ご・・・ごめん。
大丈夫・・・痛いとか、そんなんじゃないから。」
まどかは何とか笑おうとした。
今の自分に出来るのは、それだけなのだからと。
「でも・・・」
「本当に、平気だから。」
重ねて言うと、さすがにフェスもそれ以上は言う言葉を失った。
いつものフェスならば、強引に聴きだそうとしたかもしれない。
だが、今のまどかは女性に身体が変った所為か、酷くか弱く見えて、それも出来ない。
「・・・・そうか。」
結局そう言って、フェスは納得したふりをするしかなかった。
苛立ちがこみ上げてくるのを抑える。
本当は、まどかの平気など、フェスは信じてはいない。
自分が痛い思いをしようと、自分以外の誰かの痛みを心配するまどかの気質を知っているからだ。
だがフェスは、どうやってその隠された痛みを引き出せばいいのか、わからなかった。
「悪かったな、いきなり入ってきて。」
「えっ・・・。」
「寝てるって、思ってたから。
様子見に来ただけだし、もうちょっと寝てろ。」
フェスが立ち上がり、出て行こうとする。
その時まどかの手が無意識に、フェスの腕を掴んだ。
自分の行動に驚き一瞬の間が出来ると、フェスの視線に気付いた。
遅いと解っていたが、まどかは、自分の手を隠すように握ると、深く顔を伏せた。
「ご・・・ごめん。
何でもないから。」
馬鹿なことをしたと思う。
こんな縋るような真似をすれば、フェスがどう思うかわかっていたのに。
これ以上甘えてはいけないと思っていながら。
そして、まどかの思ったとおり、フェスはもう一度ベットに腰掛けて、まどかと向かい合う。
「まどか。」
フェスの手が、伸びてくる。
駄目だ駄目だと想いながらも、まどかは逃げられなかった。
逃げたくなかった。
ただ歯を食いしばって、触れる瞬間を待つだけ。
もうこれ以上、彼の負担になりたくない。
そう思う気持ちは、嘘ではない。
なのに、まどかの震える両手は、ゆっくりと捕まえる。
小さくか細い指がきつく握られていて、少しだけ濡れていた。
「ぁの・・・ぼく・・・・。
・・ほぉんとに・・・ごめんなさい。」
言葉にならない嗚咽が、零れだした。
ポツリポツリと落ちる涙が、フェスの手に当たり、シーツに落ちていった。
そして頭をゆっくりと撫でられる。
優しい手つきに胸が切なくなり、顔を上げると、フェスの紅い瞳が見えた。
普段は厳しく眇めた目を緩めて、まどかを見ている。
「泣いていいから。」
「一郎君・・・。」
「泣くとか、そんなのは、弱く無いから。」
まどかの迷う気持ちが空気に伝わる。
戦慄き、ぎゅっと結ばれた唇が開きそうになる。
出てくるのが、弱音だとわかっている。
唯でさえ迷惑ばかりかけている、自分が言うわけにはいかない。
「泣いていいから。
言えよ。
聞くから。」
完全に日が落ちて、部屋は真っ暗になった。
窓の外の外灯だけが、二人の顔を薄く照らす。
それでも、魔族のフェスには、まどかの表情がわかるだろう。
解っているのに。
「何が辛いんだ。」
ゆっくりと緊張の糸が切れたように、肩の力が抜けた。
「僕!!僕のせいで、一郎君の家の人に迷惑かけて、なのに何にも手伝えないし。
せっかくプールとか行ったのに、あんなこと!!
いつも僕の所為で、一郎君に迷惑とか・・・一杯いつも。
それに、それに!!」
まどかは、息を大きく吸った。
静かに自分を見るフェスに、心の中で何度も謝る。
「約束したのに!!!
強くなるって!!!
強くなって、迷惑かけないようにするって!!
なのに、ちっともできなくて・・・もうそんなのいやなのに。
本当は、一郎君みたいに強くなりたいのに!!
守ってもらって・・・ばっかり。」
こんなことを言うのは、卑怯だとまどか思う。
フェスの優しさを、知っているからこそ。
いつもどんな問題が起きても、フェスは見捨てたりしない。
心のどこかで、そんなフェスに甘えていたのかもしれない。
だから厭わしく思われていたのかもしれない。
でもフェスは、どんなに嫌だと言っても、最後にはいつも心配し、無茶をする自分を助けてくれる。
助けに来てくれる。
そんな優しさを知っていて、こんなことを言えば、フェスが自分を許そうするかもしれない。
それでは駄目なのに、なのに出てくるのは、謝罪の言葉しかなくて。
「ごめん・・・ごめんね。」
その時、フェスの手が、まどかの頭を優しく触れた。
暖かい手に何度もゆっくりと撫でられる。
それは、嬉しくて、そして切ない。
フェスが、あまりに優しすぎて。
「まどか。」
フェスの声に、少しの怒りも見えなかったことが、まどかには辛かった。
悪ぶって見せても、本当は誰よりも優しい。
そんなフェスが好きで、だからこそまどかは友達になりたいと思った。
だが、今はその優しさが、どうしようもなく歯がゆい。
「大丈夫だから。」
違う駄目だと言わなければと、まどかの気持ちだけが急く。
だが、フェスの手で撫でられる分だけ、辛く申し訳ない気持ちが、咽喉の奥で熱く固まってしまう。
それはそのまま出てこれず、涙に変って二人の手を濡らす。
「お前は、何も悪くないから。」
頭をなでていたフェスの手が、ゆっくりとまどかの背中へと周り、引き寄せる。
けして強い力ではなく、まどかの力でも振り払えるほど、柔らかい拘束だった。
だからこそ、まどかの肩が微かに震えていることに、フェスはあえて気付かないふりをした。
でなくては、腕の力を強めてしまいそうだった。
フェスは心のどこかで、自分が逃がす気がないことも気付いていた。
それは矛盾している。
しかしこの矛盾に気付きたくなかったからこそ、フェスは今まで人を遠ざけてきた。
「・・・一郎君。」
「お前の所為じゃない。」
何度も同じ言葉を繰り返して、伝える。
いつでも、まどかを苦しめるのは、誰かを思う気持ち。
誰も苦しめたくないと言う優しさだ。
そしてそれこそが、過ちを犯した者を掬い上げ、許し、救う。
人を避け、そんな人の強さを知ろうとしなかった、フェスの弱ささえも。
そんなものが、罪なわけがない。
「でも、僕の扉があるから・・・だから・・・。」
その言葉に、フェスの胸が痛んだ。
まどかが、どうしてコレほどまでに、自分を責めるのか。
それはけして、まどかの所為ばかりではない。
出会って間もない頃、フェス自身がまどかの力のなさを責めていたからだ。
その頃のフェスは、見た目の強さ弱さに囚われて、まどかの優しさや強さを見ようとはしなかった。
「悪くないんだ。
扉も、お前も・・・何も悪くない。」
悪魔、悪魔と自分達を罵り、己の欲に取り付かれた姿の醜悪さ。
自分の利益に目が眩み、人を裏切り傷付ける罪宝に魅入られた人間。
優しい人間は、欲深い人間に食い物にされて、悲しみに狂う。
それらこそ、まるで悪魔のようで。
父の仕事の傍らで、フェスはそんな人の弱い姿を多く見てきた。
そうするうちに、フェスは心のどこかで、人というのは弱いものだと思い込み、距離を置くようになった。
だからこそ出会ったばかりの頃、フェスは責めた。
弱い人間が、召還門(コーリング・ゲート)などと言う、強すぎる力を持つことを。
きっと直ぐに、その力に取り込まれ、欲に汚れ悪用するか。
それとも、その弱さを悪用されて、傷付けられるか。
どちらかなのだと決め付けて、そんな姿をまた見なければいけないと思うと苛立った。
何故人間はそんなに弱いのかと、責めずにはいられなかった。
そんな自分の思い込みこそも、弱さだったのだと、今ならばわかる。
人の弱さに目を伏せた。
まどかは、守られてばかりだと言ったが、フェスには、それは自分の方だと思う。
自分こそ、まどかに守れていたのだ。
どれだけ撥ね付けても、手を差し伸べられて。
いつからか、フェスが捨ててしまったものを、何度も何度も手渡そうとしてくれていた。
「俺達がお前を助けたいって思うのは、お前が悪くないって、解っているからだ。
だから・・・・苦しまなくて、いい。」
もし立場が逆ならば、まどかは、もっと上手くやれるだろう。
それがもどかしいが、それも今まで逃げ続けたことの代償だとフェスは思えた。
フェスの腕の中で、まどかの身体が重みを増す。
摺り寄せられた頬と預けられた重みを支える為に、フェスは腕に力を込めた。
気を抜けば、緊張に震えそうになる手を必死に押さえ込んだ。
「絶対、元に戻すから。
俺が・・・守るってやるから。」
「・・・ありがとう。」
腕の中から聞こえてきた声に、背中をポンポンと叩いて、フェスは返事をした。
少しだけ明るくなった声に、フェスも心が軽くなった。
「帰ってきたら、どっかの夏祭りでも行くか。」
さっきまで泣いていたまどかの目が、きょとりとしてフェスを見上げる。
「嫌か?」
「・・・そっ・・そんなことない!!
行きたい!!お祭行こう。
花火、とか・・・。」
「そうだな。
打ち上げ花火とか、派手な奴するか。」
頷けば、ぱぁっと明るくなったまどかの表情に、思わずフェス自身にも笑みが浮かぶ。
フェスは、今はとにかく楽しいことを探した。
今に負けないように、きっと楽しい明日があると、二人で信じる為に。
それはきっと、力になるから。
「あぁ、でも新学期になったら、体育祭とかあるんだよな。」
「一郎君、運動神経いいから、リレーとか出れるよ!!」
「そういうなのは・・・なぁ。
でも、そうだな。
それが終わったら、アンダーヘブンズのシアターに行くか?」
「シアターに?」
「その頃は、アンダーヘブンズは、ハロウィンも近いからな。
なんか面白いことやってるだろう。」
シアターの者たちは、まどかに危害を加えるようなことも無い。
まどかが楽しむには、一番いい場所だった。
そして、ハロウィンは、二人にとって、特別な行事でもある。
「もうすぐ1年になるんだよね。
一郎君が転校してきて。」
「そうだな。」
初めてフェスがまどかを助けたのが、ハロウィンだった。
あの日からもう直ぐ1年になろうとしている。
色々な騒動や事件があり慌しくて、二人にはあっという間だった。
それでもそれらがあったからこそ、確かに近くなった距離だから。
どれも掛け替えの無い記憶。
「もっと、遊ぼうな。
帰ってきたら、一緒に。」
「うん。」
どうにも照れくさい気持ちを押さえ込んで、フェスが言えば、まどかが嬉しそうに頷いた。
それがなにやら悔しくて、フェスは髪をくしゃくしゃと乱雑に撫でると、はしゃいだ声があがった。
その笑顔を、守ろうと思った。
ポツリポツリと雨が降ってきた。
ルシフェルの力で屋根が飛ばされて、広間の床が濡れていく。
床を汚す血は、契約の為の円陣が効力を失って雨水が混ざって流れていった。
家族は、フェスを気遣ってジョニーを連れ、城の外へ出ている。
ココには自分ひとりだとフェスも解っている。
誰に気兼ねすることはない。
なのに、まるで神経が凍ったように、涙が出てこなかった。
傷の痛みも、失ったという実感も湧いてこない。
いつか離れるだろうということは、解っていた。
それはずっと前から、まどかが女性になる前から、フェスは解っていた。
元々、住む世界が違うのだから。
だから出会ったばかりの頃は、余り近づき過ぎないようにしてきた。
それでも、これほど辛い別れになるとは、フェスも思っていなかった。
まどかの高い声で、縋るように名を呼ばれた瞬間を思い出す。
何より辛かった。
出来るなら手を差し伸べたい。
あの日の約束を、果たしたい。
二人で、もっと楽しい思い出をいっぱい作りたい。
そう思った。
それは嘘ではない。
それでもあの瞬間、フェスは頷いてやれなかった。
最後の最後に、まどかの差し伸べてくれた手を掴んでやることが出来なかった。
”また一緒に遊ぼう”といった声に、今度は頷いてやれなかった。
それは、できない約束だから。
もう二度と自分や魔族と関わらないほうがいい。
また扉が開けば、今度こそまどかが、どんな危険に合うかわからない。
だから、コレでいい。
フェスは、そう心に言い聞かせた。
出会ったばかりの頃、何度もまどかにフェスは言った。
”お前は何も見なかった。”
正にそうなった。
それだけのことだ。
耳に残る声を雨音が掻き消す。
フェスが顔を上げると、滴が冷たく悲しみを冷やした。
約束した。
”元に戻す””守る”と言った。
あの笑顔を、守る。
「約束だから。
なぁ・・・まどか。」
それだけは、絶対に譲ることは出来ない。
たとえ拒むのが、まどかであっても、果たさなければならない。
かけがえの無いもの。
扉の中に封じられた約束。
それが動き出したのは、数年後のこと。
記憶をなくして痛む心が、まどかをフェスの元へと突き動かした。
もう一度、あの日の約束を果たす為に。
END

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