こんな日が永遠になればいいから。
one dayなんでもなく過ぎた一日を振り返る。朝一番に姉上と仏間に飾られている仏壇を参って、父上と母上に挨拶をした。今日も無事にこの日を迎えられたことに対する感謝を伝えたのだ。生まれてきたことを喜び、また姉上の弟になれたことを幸せだと実感する。
そして、朝食を取り軽く片づけを終えると、出勤する。今日も夏の日照りで暑い。昼からは酷い暑さになるだろうと思っていた。昼からは洗濯をしないと。
万事屋に行くと、まずはすでに起きている定春に餌をあげる。本当は主人より後にご飯が犬の躾にはいいそうなんだけど、定春には餌と飼い主の区別がついてないんだから、意味がない。
その後にまだ寝ていた神楽ちゃんと銀さんを起す。二人が何時も通りに眠そうな顔をして瞼を擦りながら起きてきた。神楽ちゃんは比較的目覚めが良く、空腹なのもあるから、起すのも1度で済むからいい。問題は銀さんだ。
もう朝日がはいってきているというのに、お構いなしに布団にしがみついて寝ている。仕方なしにそんな銀さんの背中を踏みつけてみたんだが、効果がない。流石に腹が立ってきたんで、夏らしく銀さんの耳元で、夢に出てくると二度と目覚める事がないという、足が透明な不幸な女性の話を始めたら30秒で起きた。なにやら銀さんが涙目で怒鳴ってるけど、そんなことを間で聞いてられない。僕は今日もやることが一杯あるのだから。
銀さんたちが朝食を食べてくれている間に、洗濯機をまわし、トイレや和室を掃除してしまう。そして食べ終わったら、遊びに行くという神楽ちゃんを見送って、食器を洗いその後事務所にも掃除機をかける。それが終われば、洗濯を干した。
その後漸く座り、昨日の依頼ではいってきた依頼料と消えた食費や諸経費なんかの計算をして、真っ赤な2日前の残高を小額の黒字に変えられた。コレが明日には赤いになっているのだけれど、とりあえずは今が良いのだからと、自分を納得させる。
その間も銀さんは、うだうだとソファに座ってテレビを見たり、そのまま寝そべってジャンプを読んでる。たまに違うのを読んでるなと思えば、パチンコ雑誌なんだから、本当に駄目な男だと思う。人生そのものでギャンブルのような綱渡り人生で、綱渡り生活しているというのに、まだしたりないなんて、立派な依存症の仲間入りを表明してしまえ。どうせ身体は糖依存症なんだから。
そんな銀さんを横目に、僕はその後に、明日の食材を買うために広告のチラシをチェックして安いものに赤いしるしを付けていく。そうこうしているうちに、もう昼前になっていた。
そろそろと昼ごはんの仕度に取り掛かる。今日は、お登勢さんに恵んでもらったそうめんだ。嫌いではないのだが、食べ応えと言う意味では、少々物足りなさはあるが、背に腹は変えられない。
全員でそうめんを啜り、おなかが膨れたのか。ワイドショーを見ていた神楽ちゃんの目がトロリとまどろみだした。昼寝したら?と聞くと、眠い所為だろう。いつもより大人しく「うん」と言って頷いたので、和室へと連れて行く。愛用の枕にアイスノンを添えて、タオルケットと渡すと神楽ちゃんはすんなりと眠りに落ちた。。和室は昼からは日が入ってこないので、幾分涼しい。風が吹いて、風鈴を揺らす。
ちりん
その音の先には、大きな入道雲が青空の中を浮かんでいた。とても静かな昼下がりだった。
時折寝返りを打つたびに乱れる前髪をそっと整える。すると、またすやすやと穏やかな寝息が返された。こうしていると、ふと神楽ちゃんと出会ったばかりの頃のことを思い出す。
出会った頃の方が、神楽ちゃんはもっと大人びていたように思えた。この江戸という町を斜に構えてみているようだった。だから一緒に暮らすようになっても、どこか僕や銀さんに対しても構えているようなところが合った。出会った頃から優しくていい子だったし、同じぐらいに我侭で困らせられたけど、でも同時にこちらにも甘えてこようとしない所があった。何かあっても、自分のことは自分で尻を拭うぐらいの覚悟があった。春雨とのときだってそうだった。
でも、いつからかその空気が少しずつ落ちていってくれた。こうして僕の前で安らいだ顔で寝るぐらいにまで、心を許してくれた。そのことが、純粋に嬉しい。何よりも。
眠りを妨げてはと思い、洗濯物を取り込んで繕い物を片付け、昼に使った食器を洗う。そしてそのまま夜の食事の下拵えを始める。夕方遅めの方がタイムセールで安いので、そちらを狙い、なおかつ夕食の時間を遅らせないためだ。
あらかた終えると、良いタイミングで散歩に出ていた銀さんが帰ってきたので、一度神楽ちゃんを起してもらう。そして帰ってきてすぐ銀さんに、スーパーまで原付を出してくれと頼む。ぶつぶつと口の中で文句は言っていたが、とりあえず動き出してくれたので、神楽ちゃんと定春に頼んで僕たちは買出しだ。
そしてスーパーで、糖依存症の銀さんは僕の隙を見ては、菓子類を勝手に篭に入れようとするので、途中までは怒って返して来いとそのたびに言っていたが面倒になったので、レジ前までは我慢することにした。
レジ前でとりわけ、菓子だけが入ったかごを持った男が一人とぼとぼと道をUターンしていく姿は、ある意味哀愁を誘う。だから一番安いだろうチョコレートだけは、篭の底にあったという言い訳をして、気付かないでいてあげたのだ。だから銀さんが帰ってくるまでに、早くレジを終えてしまいたかった。
家に帰宅すれば、すでに夕日も暮れかけ。すぐに夕食の作りきり、今日のメニューであるニラ炒めと、きゅうりの千切り。豆腐ハンバーグをテーブルに並べて、夕食が始まった。
何時も通りの食卓で、テレビのクイズバライティを見ながらワイワイ言い合い、格付けを見ては、銀さんと神楽ちゃんが女とは・・・という意味不明な持論をぶちまけ合っていた。
そんな様子を眺めながらも、お風呂が湧くと、とりあえずは神楽ちゃん、そして銀さんと順番に入っていく。その間に、僕は夕食を片付けて、風呂上りの神楽ちゃんの髪を整え、銀さんがお風呂に入っている間に、買い物で内緒で買っていたガリガリ君を手渡した。大喜びの神楽ちゃんに、銀さんが気付いて風呂から飛び出して、贔屓だと文句言って大変だったけど、それも毎度のことだ。
神楽ちゃんが歯磨きをして、寝床に入ったのを見てから、僕も風呂に入って今に到るわけだ。僕もまた歯を磨きながら、一日まったく普通の一日だったことを思い出しながら、小さく笑みを溢した。
台所によって、お茶を入れてリビングに戻ると、ソファにだらりと座っていた銀さんが居た。
「まだ起きてたんですか?」
「まぁな。」
なんとなく隣に座って、つけていたテレビを見る。すでに日付も変わろうという時間だ。テレビのニュースは外の今日に一日の出来事を読み上げている。
「ありがとうございました。」
僕がそう言うと、銀さんはふぅと少しだけ重いため息を吐いた。それは神楽ちゃんが寝床で漏らした小さなため息と同じだった。
「ごめんなさい。
我侭・・・でしたか?」
「ぅあ~・・・まぁ・・・な。」
銀さんはそんな曖昧な言葉を返してくれた。それに僕はまた笑ってしまい、銀さんは釈然としない顔をそむけてしまう。
今日は、僕の誕生日だった。そのことは、もう銀さんも神楽ちゃんも知っていたし、プレゼントが何が言いかと直接聞かれたのだ。どうしてもこれと言うものが浮かばなかったらしい。
なので、僕は素直に欲しいといったのだ。
「なんでもない普通の一日・・・だったか。」
「はい。
すごく。」
思わず嬉しくて笑うと、ソファを伝って回った銀さんの腕に、抱き寄せられた。その腕の中でもぞもぞと動き、向き合うように座りなおす。厚い胸板に頬を寄せ、銀さんの横腹から腕を回した。
何が欲しい?と聞かれ、”何時も通りの一日が欲しい”そう言った僕に銀さんも神楽ちゃんも、目をきょとんとさせた。その顔をはっきりと覚えている。
でも、本当にそれが欲しかったのだ。僕は。一日家事をしたり、依頼をしたり、食事を作ったり、銀さんに小言を言ったり、神楽ちゃんの世話をしたり。そんななんでもない何時も通りの一日が、ほしかった。
だって、それが僕の幸せなんだから。
もちろん、何か物を貰うことも、小さなお誕生日会をすることも嬉しいだろうと思う。でも、特別な何かではない、そんな一日も僕にはかけがえのない一日なんだ。
そう言う僕に、神楽ちゃんは納得しなかった。
「そんな何時も通りの一日は、いつもやればいいことアル。
特別なお祝いの日は、特別にすればいいネ。」
と、そう言った。もちろん、その気持ちは嬉しかった。
でも、そういういつもの一日だからこそ、特別な僕の大切な日にして欲しかった。父と母が産んでくれて、姉上の弟になれた僕の大事な誕生日。
その日が、いつもの幸せな一日なら、嬉しいと思ったから。なんでもないけれど、大事な人たちが居てくれる日が、特別な日にも訪れ、そしてそれがずっと続けばいい。こんな幸せな毎日がずっとずっと続けばいい。来年も、再来年の誕生日も、そのまたずっと先にも、そんな幸せがあると願えるような。
そう思えるような特別な日。
これほど幸せな日は、きっとない。
「地味な奴。」
「おかげさまで。」
ぼやくような声に、僕は笑ってそういい返した。僕の後ろでニュースは終わりを告げようとしてた。
「もう終わり。」
「えっ?」
銀さんが突然そう言うと、僕の目がねを外し、耳を両手でグィっと塞いだ。テレビの音が微かになる。顔を固定されてしまい、銀さんしか見えない。そして唇が動く。
「・・・・・」
声はなかった。微かにも聞こえていない。でも何と問い返す間もなく、そのまま唇をふさがれた。少しだけ性急な唇の動きに、惑わされながら受け入れる。優しくて、熱くて、でも少しだけ自分勝手に動く銀さんのキス。
「なんて言ったんですか。
さっき。」
「う~ん?」
ゆっくりと離れた唇を見つめながら問うと、少しだけ視線をそらして、銀さんはにやりと笑った。
「アイシテル、だって。」
「・・・うそつき。」
僕がそう言うと、銀さんは、さらに目元を緩めた。それに釈然としない僕が睨んでも、どこ吹く風で、僕の頬や額に口付けを繰り返す。
あぁ、もううそつきだ。最悪だ。せっかくのなんでもない一日だったのに、最後の最後で油断した。いつもよりはっきりと唇を動かしていたから、僕にだって分かる。
だって、さっきのあれはきっと。
「嘘じゃねぇんだけど、まぁお詫びはするから。
お望みのままに。」
「布団の中で・・・って?
誰の望みなんだか?」
まったく悪びれもせずに言う銀さんに、僕は憮然と返す。でもぜんぜん効果がない。だってきっと、銀さんも分かってるんだ。僕が本当に銀さんが大好きなこと。
エロいことばっかりしたがって、ぐぅたらで、糖とギャンブルに依存しまくりの駄目で悪い大人の男の銀さんが、僕は大好きだって。
「誰の望み?
もちろん俺ら二人の・・・だろう。」
だって、そんな銀さんが、普通でいつも通りのこの人だから。そんなあんたと一緒に居る毎日がすきだから。
「そうですね。」
だからこのまま連れて行って。このままずっと一緒に居させて欲しい。ずっとずっと。
こんな日が永遠になればいいから。
”オメデトウ”
そして、これからも。
”アイシテル”
END

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