手を伸ばすことは、それほど難しくない。手を繋いでも、きっと首を少し傾げて、「どうしたんだい?」なんていわれる程度だ。そのまま繋いでいたいと言えば、照れるかもしれない。いやだというかもしれない。でも嫌われたりはしないのだろうなぁと思う。それはけして歓迎できることではない。少なくとも俺にとっては。
何故かなんて考えるまでも無く、”友達””仲間”だから。それ以上でもそれ以下でもない。本当にただそれだけだから、きっと誰が同じことをしても平等な態度だ。もしかしたら飛影あたりがすれば、驚くというリアクションが加わるぐらいだろう。でもそれだけ。
特別と言う言葉は、彼女は誰にも持ち合わせて居ない。
26 告白「貴方が好きです。」
チラチラと桜が落ちてくる。真昼の暖かな陽気が、一瞬で凍りついた。幻海師範の庭なので、俺達以外の観客が居ないと言うのは、なんとも有難い。それでも辺りの視線が、突き刺さるように痛い。見るまでもなく、見開かれた目が俺と彼女を見ているのは、知っている。それでも今は、構うつもりもない。何よりここにいる人は、みんな知っていることだから、恥らう気持ちもあまりない。それでも咽喉の下で、緊張がドクドクと心臓を叩く。
「く・・・蔵馬おまぇ・・・・。」
桑原君のうめき声が、ここにいる全員の言葉を代弁しているのは、わかっていた。コレが俗に言う愛の告白。されたことは数え切れないほどあったけれど、公衆面前、少なくとも花見の飲み会をさぁ始めようというときに、言うべきことじゃないのは解っている。いつもなら乾杯の音頭は、幽助なのを無理矢理俺がさせてもらった。幽助は、譲ったことを後悔しているかもしれないな。
ぽかんと俺を見上げるぼたんの口が、ぴったりとくっついたまま開かれない。言葉もないほど驚かれているというのは、少しショックだった。見開かれた目に恥じらいはなく、純粋に驚いている。コレまでも行動に好意を表してきたつもりなのだけれど、まったく気付いてなかったのだと、改めて思い知らされた。鈍感なのは知っているつもりだったけれど。
「ぼたん?
俺、貴方に告白したんです。
もちろん友達だとか仲間だとか、そういう好きじゃないですよ。
男として、女性の貴方に対して好きです。
意味は、・・・・解りますよね。」
ぼたんは真っ赤な顔で、数回頷いてくれた。良かったと思う反面、コレで解らないと言われると、それこそ行動に現すしかないと思っていただけに、少しだけ残念に思う気持ちもあった。
「わかって下さって、ありがとうございます。
では、答えをいただけますか?」
「えぇええええ!!!
ちょいと待っておくれよ。」
「何故です?」
「何故って・・・・・そりゃえっと・・・・。」
ぼたんが戸惑う気持ちはわかっている。それでもあえて聞き返したのは、我ながら意地が悪い。けれど、そんなのは解っていたことだ。困るぼたんに同情したのか、螢子ちゃんが仲裁に口を開いた。
「蔵馬さん、やっぱりほら。
こういうみんなの前でっていうのは・・・。」
チラリとみんなの様子を伺えば、皆一様に戸惑っている。静流さんだけは、静観して煙草を燻らせているけれど、雪菜ちゃんはおろおろと皆を見回しているし、桑原君と幽助は言いたげな言葉を飲み込んでいるようだった。せっかくの豪勢な花見料理に、誰も手をつけられなくなってしまった。そしてぼたんも困っている。みんなを困らせているのは、俺だ。でも今は引くつもりは毛頭ない。俺はまっすぐにその仲裁に向き合った。
「えぇ、解っています。
でもこうでもしないと、ぼたんはわかってくれないでしょう。」
ぼたんにすれば、イキナリの話なのだから、驚きが先行していて、返答できる状態じゃないのだろう。申し訳ない気持ちもある。それでも今は彼女の気持ちを優先することことは出来ない。例え答えがどんなものであろうと。
「俺が、ぼたんを好きだなんて、他のみんなはもう知っていたことでしょう。
桑原君や幽助だって、何度も俺をからかってきたじゃないですか。」
「あぁ・・・そりゃまぁ・・・。」
「でもぼたんだけが、気付いてくれなかった。
いや、本気にしていなかった・・・というべきですか?」
「それは・・・。」
言いかけた言葉は、誰に遮られるでもないのに、風に流れて消えていった。ぼたんの細い指先が膝の上で惑う。言いよどんだのは、きっと図星だからでしょう。
今までも好意を匂わせる発言をしてきた。俺を意識して欲しかったから。俺を好きになって欲しいというよりも、俺を男だと認識して欲しかったから。恋愛の対象の枠に入れて欲しかった。振られるのは誰だっていやだし、諦めることほど辛いことはない。でも告白して振られてしまえば、それ以上には進めなくなってしまう。仲間、友達だからこそ、きっとそれ以上進めない。進むことは、あったものさえ壊すことになる。失敗は許されない。それなら自分を好いてくれてから、告白したい。少なくとも恋愛対象に入れてもらえてから。そう思っていたのだ。
でも、ぼたんの鈍感さは、されさえ許してくれなかった。
「貴方に伝えるには、好きだという言葉だけでは足りない。
それがただの仲間としての好意ではない、ちゃんと恋情だと伝えるには何がいるのか。
考えた結果です。」
風が吹いて、花はまた散る。葉が揺れる音が、この静寂にはやけに大きく響いた。桜に匂いはない。ただ暖かい春の日差しの匂いがある。それが俺の背をほんの少しだけ押してくれた。
「ぼたん、貴方が好きです。
けして、悪ふざけでも冗談でもありません。
仲間の前で言えるぐらい・・・・貴方が好きです。
例え、今の貴方が俺をどう思っていようと。」
俺はもうぼたんの気持ちを知っている。それがけして俺にとって良いものではないことも知っている。それでも今のままでいるわけにはいかない。今のまま”仲間””友達”そんなぬるま湯に浸って満足していられるほど、俺は優しい男ではない。
「だから教えていただけませんか?
ぼたんが今、俺を率直にどう思っているか。」
答えを乞う。心の中で謝りながら。ズルイことをした。答えられないぼたんが悪いわけではないのに、無理矢理答えを引き出している。でもそうしなければ俺は進めないんです。
全員の視線がぼたんに集中している。膝の上の手が、ぎゅっと拳を作る。あげられた視線が意を決して俺を強く見据えた。
「私は・・・・わかんないや・・・・。」
とても素直だと思った。あまりにも彼女らしすぎる。
「はい。」
だから、笑って受け入れることが出来た。
「いやだとか、嫌いだとかいうことは、もちろん思ってないさね。
でも、その、やっぱりそういう好きとか、思ってる訳でもないし。
嬉しいとは思うんだよ。
蔵馬がいい奴なことは、私だって知ってるし、いつだって良くしてくれるだろう。
優しいし、頭いいし、それから・・・えっと。
だから、嬉しいんだ。
でも、じゃあみんなとどこが違うのかって言われると、それもなくて。
桑ちゃんや幽助だって好きだしいい奴だし、じゃあそういう好きかって言われても違うし。
なんか・・・・無茶苦茶で・・・・。」
ぼたんの頭の上から湯気が見えるようだった。何とか言葉を繋ごうとしている姿が、可愛らしかった。もう少し見ていたい気もしたけれど、ここが引き時だ。
「ありがとう、ぼたん。」
静かに痛む胸を押し殺して、笑った。ぼたんの目に涙が浮かぶのが見えた。心からの謝辞。それは無理をしたわけではなくて、本当に嬉しかったから。だからどうか。
「ご・・・ごめ・・・」
「謝らないで。」
言われてしまう前に、断った。ぼたんの肩がビクリと震えた。その言葉だけは、聴きたくない。どんな理由であっても聞くわけにはいかない。
「貴方に謝られたら、俺は貴方を諦めなければならないじゃないですか。」
「えっ!!!」
「ちょっ・・・蔵馬お前。」
幽助が驚きに、腰を抜かしている。こんな姿、魔界の躯や煙鬼あたりに聴かせれば、笑いのネタになるかもしれないな。でもそれはココにいるみんな同じ。ワタワタと慌てて俺とぼたんを見比べて。それが俺には少し可笑しくて笑ってしまった。
「何を驚いてるんですか、みんな。
元々、ぼたんが俺をそういう対象に見ていないことぐらい、わかっていましたからね。
ぼたん、だからコレは、宣誓布告です。」
「せ・・・せん・・せい・・・ふこく。」
「はい、そうです。
コレは宣誓布告です。
貴方が俺を嫌いだ、迷惑だ、絶対に俺を好きにはなれないというまで、俺は諦めたりしません。
貴方を、振り向かせてみせます。」
聞き分けよく諦めるなんて出来ない。でも今のままでも居たくない。どちらもいやだから、好きになってもらう。貴方を困らせてでも。
この気持ちの逃げ道を断つ。それはこの恋情の死さえ覚悟しています。だからせめて、貴方の負担を減らす為に傲慢にも言い放つ。悪いのは、勝手を言う俺でいい。
「好いてもいない男に、好かれているのはきっと辛いことだと想います。
貴方に罪悪感を背負わせてしまうことでしょう。
でも、安心しください。
ご存知の通り、俺は盗賊ですから、欲しい物を奪うのは、得意なんです。」
「私は、ものじゃないよ!!!」
俺の言葉にぼたんは、戸惑っていた表情を一変させて、俺を叱る。まるで喧嘩のような空気になってきた。とても告白には見えないだろう。
「そう言われるのであれば、どうぞそのままでもいいとは想いますよ。
俺もそのほうが奪いやすい。」
「なっ!!!」
「それとも警戒しますか?
奪われないように。
いいですよ、存分に警戒してください。」
まるでやれるものならやってみろという響き。でもどちらにしても俺にとっては好都合だ。警戒するということは、俺を男として意識することであり、ぼたんの思考を俺で埋めることが出来る。
「試してみましょうか。
俺が、どれほどの盗賊かを。」
「試すって・・・?」
答えは、言葉ではない。俺はぼたんの肩を掴み、強引に引き寄せて、一瞬その額に口付けた。
ここにいる全員の声にならない悲鳴が、吸う息と小さな呻きとなって聞こえた。
「ねっ?
上手いでしょ。」
我ながらいい性格をしていると思う。真っ赤な顔をして驚くぼたんの目が、次第に怒りできつく睨みすえる。その時、視界の端で動く物体が見えて、俺は咄嗟に体を反らした。
ブンッと良い音を立てて、ぼたんの手が俺の顔があった辺りを凄い勢いで通過していった。すばやく俺は立ち上がり、逃げの体勢を整える。
「お待ちよ蔵馬!!!」
追いかけてくる気配を楽しみながら、俺はぼたんの手を避ける。幽助のように当たるつもりはない。そのことにますます怒ったのか、ぼたんは櫂を取り出して、それを振り回し始めた。中々本気だ。もちろんそれも全て避ける。コレでも自分は、魔界統一トーナメントで本戦に出た妖怪。魔界の一国では軍事総長まで勤めたのだ。コレであたるのはさすがに名折れ。
次第に宴会から離れてる。コレでみんな、やっと花見を楽しめるはずだ。酒の肴は、俺の宣誓布告なのは間違いないだろうけれど。俺はギリギリの間合いで、ぼたんの手を逃れる。
「一発ぐらい当たったらどうだい!」
「お断りしておきます。
俺が当たれば、ぼたんを悲しませてしまいますから。」
「誰が悲しむか!!」
そうして、大きく振りかぶった一打を、俺は素手で受け止めた。追いかけっこはコレで終わり。もうみんなの姿は見えなくなっている。ココからは、貴方だけに聞いて欲しいことだから。
ハァハァと荒い息をしているぼたんが落ち着くのを待って、俺は口を開いた。
「ぼたん、勘違いしないでくださいね。
俺は奪うのが、好きなわけではありません。
そういうスリルを楽しんだの昔の話です。」
そんな頃もあった。妖狐だった頃は、盗賊は仕事でもあったが、奪うことに快楽もあり、楽しかった。隠されているものを暴き、それを自分の物にする。思考を巡らせることは苦ではなく、誰にも解けないものを解けたときの優越感は、今でも覚えている。
でもそんなものは、もう飽きた価値ないものだ。今の自分には大事なものがある。失敗したときに、それを失うかもしれないというリスクを天秤にかければ、どちらを取るかなんて、考えるまでもない。
「奪うのはただ得意だから、昔取った杵柄と言う奴ですよ。
手段を選ばないのは、南野秀一、妖狐蔵馬としての性格です。
そして、手段を選べないほど、貴方が好きだから。
今は・・・欲しいから、求めるんです。」
視線が絡み、櫂を持つ手に力が緩んだ。一瞬の怯えと戸惑いが、ぼたんの瞳に浮かぶ。
欲しい物は、彼女だった。くるくると変る表情も、細い腕、小さな肩。高くはしゃぐ声、暖かく無償に与えられる優しさ。打算計算ずくめの俺には、あまりにも心地よい空気。その隣にずっと居たい。
「覚悟、してくださいね。」
強く言い放つ。コレで友達仲間の時間は終わった。俺がこの手で切り離したんだ。でもそれでいい。もう一度、今度はもっと強く結びつけるから。
俺は手を離し、櫂はぼたんの手の内で消えていった。
「さぁ、行ってください。」
伝えたいことはコレで終わり。その肩を掴み、クルリと反転させて宴会へ向わせた。トンと背中をおす。すると、ぼたんは首を捻ってこちらを見る。
「ちょいと、蔵馬は?」
「俺は後からで。
少し、頭を冷やしてから行きますよ。」
ぼたんは、こちらに後ろ髪を引かれるのか、数歩進んでは、後ろを振り返る。それに手を振って、行くように促した。駆けて行く背中を見送ってから、軒先に座る。はやし立てる声が聞こえたが、それも直ぐにいつもの喧騒に紛れた。
木々の間から小さな日差しが落ちてくる。ひんやりとした空気に、先ほどまでの緊張が静まっていく。なのに逆に、体の奥底では次第に高まっていく感情があった。つま先や指先がジリジリと焼けて痺れていくようだ。今か今かと待ち焦がれる。
「隠れ鬼は、十数えるまで、振り返ったりはしないんですよ。」
彼女に与えたのは、ほんの少しの猶予。最後の自由。そして容赦なく追い立てる自分への免罪符。堪えきることが出来ず、俺は少しだけ笑ってしまった。
END

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